コメント
その通りだと思います
私たちは猪野先生のブログという場所を借りて好き勝手書くだけの存在です。ですのでコメントに返信しなければと気負われる必要はありません。私はこのような自由な言論の場を提供していただけるだけで十分だと思います。
>>揚げ足取りのようなコメントに対しては、一切、無視するという姿勢で対応して頂ければと思います。
本当にその通りだと思います。揚げ足を取られたとしても本名がバレたわけでも住所がさらされたわけでもないのですから、無視するかそれが嫌なら揚げ足を取り返せばよいのです。
ネットとは本来そういう場所です。
>>揚げ足取りのようなコメントに対しては、一切、無視するという姿勢で対応して頂ければと思います。
本当にその通りだと思います。揚げ足を取られたとしても本名がバレたわけでも住所がさらされたわけでもないのですから、無視するかそれが嫌なら揚げ足を取り返せばよいのです。
ネットとは本来そういう場所です。
No title
記述に対する批判を揚げ足取りと感じる方がおられるのですか。
それは、立論に対して怠惰で、余計な余談ばかりで論旨が不明確だからですよ。
的外れな議論になるのは論点外のことを書くからです。
例えば、自動車買い替えのトピックで、
罰金刑レベルのミスをきっかけに買い替えたとかいう自分語りがあったので
そのミスと買い替えは無関係で
買い替えのポリシーが分からないとレスしたら
なぜか後出しで家族がどうのと、今度は
当初書いてあった趣旨と辻褄の合わない記述があり。。。
不真面目な投稿に対する批判はあって当然です。
だいいち猪野先生の目指す左翼政権の国では
真面目に立論しないような者には居民委員会の委員すら勤まらず、事実上参政権が無いはずです。
それが委員会制度の良い面で、特に左派の教師が教育委員会制度を支持する理由です。
9条は守りたいが難しいことはわかりませんというなら、議論めいた事や事例提示と紛らわしい自分語りはせずに「猪野先生頑張ってください」とだけ書くことを勧めます。
それは、立論に対して怠惰で、余計な余談ばかりで論旨が不明確だからですよ。
的外れな議論になるのは論点外のことを書くからです。
例えば、自動車買い替えのトピックで、
罰金刑レベルのミスをきっかけに買い替えたとかいう自分語りがあったので
そのミスと買い替えは無関係で
買い替えのポリシーが分からないとレスしたら
なぜか後出しで家族がどうのと、今度は
当初書いてあった趣旨と辻褄の合わない記述があり。。。
不真面目な投稿に対する批判はあって当然です。
だいいち猪野先生の目指す左翼政権の国では
真面目に立論しないような者には居民委員会の委員すら勤まらず、事実上参政権が無いはずです。
それが委員会制度の良い面で、特に左派の教師が教育委員会制度を支持する理由です。
9条は守りたいが難しいことはわかりませんというなら、議論めいた事や事例提示と紛らわしい自分語りはせずに「猪野先生頑張ってください」とだけ書くことを勧めます。
No title
よっぽど許せないコメント以外は無視させていただきます。
No title
>>>当ブログに対して、コメントしたいが、コメントするとネトウヨたちからの揚げ足取りのようなコメントが来るので、コメントしづらいというご意見がありました。特定のハンドルネームの方々のコメントがご指摘されているところです。
↑当然、私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。
↑当然、私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。
No title
今回の件については本文では、どのハンドルネームの方なのかについては記しませんでした。
わかってくれと言っても無駄だと思ったからですが、これを掲載した後も、同じレベルのコメントが来ています。(一部、非承認扱い)
なので、コメントをされる方が他に対して揚げ足取りのようなコメントをしているような場合には無視してください、と申しました。
その後の経過についてご説明しておきます。
わかってくれと言っても無駄だと思ったからですが、これを掲載した後も、同じレベルのコメントが来ています。(一部、非承認扱い)
なので、コメントをされる方が他に対して揚げ足取りのようなコメントをしているような場合には無視してください、と申しました。
その後の経過についてご説明しておきます。
No title
ブログ主さんにメッセージを送られた方のお気持ち、よおくわかります。私も「いやだなあ」と思うことがあるのですが、そんなときは、「猪野亨さんって人のブログを定期購読してみたら、あれっ?無料のうえに、毎回、ネトウヨ図鑑のおまけまで」と思うことにしています。おまけを楽しむのも捨てるのも自由。で、学べることもけっこうあったりして。…あんまり参考にならないかもしれませんが。
左右の線引きって他の方がどこかで書かれていたようにむずかしい。私だって今「私はネトウヨじゃない」と思いこんでコメントしているわけですが「えっ?」と思われているかもしれません。
それにネット上の人格と現実の姿勢に大きな隔たりがある人だっていて、わからないものです(これはわからなくていいのですが)。
左か右か、敵か味方か、男か女か、のような二項対立関係では説明できないこともある、「左」といっても、偽装左派とか、極左とか、どっちかといえば左派とか、色々。私もコメントさせていただく場合は、こちらのブログでいう「ネトウヨ」認定されないように気をつけたいです。
>当然、私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。
歓迎されないのは「人」じゃなくて「意地悪コメント」、コメント単位だと思います、きっと。批判は批判でこれだけ歓迎されているのですから。
左右の線引きって他の方がどこかで書かれていたようにむずかしい。私だって今「私はネトウヨじゃない」と思いこんでコメントしているわけですが「えっ?」と思われているかもしれません。
それにネット上の人格と現実の姿勢に大きな隔たりがある人だっていて、わからないものです(これはわからなくていいのですが)。
左か右か、敵か味方か、男か女か、のような二項対立関係では説明できないこともある、「左」といっても、偽装左派とか、極左とか、どっちかといえば左派とか、色々。私もコメントさせていただく場合は、こちらのブログでいう「ネトウヨ」認定されないように気をつけたいです。
>当然、私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。
歓迎されないのは「人」じゃなくて「意地悪コメント」、コメント単位だと思います、きっと。批判は批判でこれだけ歓迎されているのですから。
No title
御論稿を読ませて頂き、若干の感想等をコメント欄に書き込み、偶々、意見交換をしたことに依り、自身の参考にさせて頂けるようなコメントがあれば幸いですが、眼を晒したことを後悔するような便所の落書きを見かけると反吐が出ます。
そして、コメントされる御自身の人格に何か重大な障害をお持ちではないのか、と他人のことながら訝ることも多々あるのが事実です。
これは、ネットのみでは無く、何か、今の日本に蔓延している宿痾ではないのか、と疑うことも再々ではありません。
日本の教育では、言論の諸相を学問的のみならず、実際の技法として学ぶ機会が一切無いのが、その一員とも言えるかと思います。
例えば、欧米では、弁論なり、討論、そして演説等と言う技術を中等程度の学校から教えます。 英語で言う処の、speechや、discussionを学校教育で教え、その実施技法等とともに、それを聞き、異議があれば討論に参加して他人と意見を交換するのです。 その際に、挙げ足取り等をすると、ルール違反で教師に注意されます。 他人の意見には、自身の意見を持って相対するのが社会的規範なのです。
日本人には、馴染みがありませんので、ルール違反が蔓延っていますが、日本でも、例えば欧米人との交流では、それは、通用しません。 そのような誤謬を犯せば、一般常識に欠ける人との烙印を押されるでしょう。
私は、その昔、YMCAでそのような実例を観ました。 英語のクラスで外国人差別の問題で討論をした時に、或る日本人が、日本には差別は無い、と言ったので、他の参加者から、一斉に事実認識の誤りを指摘されたのですが、その方は、頑なに自分の意見に拘り、意見交換が不可能でした。 其処で、米国人教師の指導が入り、日本社会の諸種実相を指摘され、ある韓国人の生徒に自身の経験を話させました。 そして、discussion(討論)のルールの説明に移られたのでした。 なかなか巧みな指導であったのを覚えています。
残念ながら、便所の落書きをする人たちには、理解して頂くのは難しいでしょうから、此方が無視するしか無いのでしょうね。 了解しました。
そして、コメントされる御自身の人格に何か重大な障害をお持ちではないのか、と他人のことながら訝ることも多々あるのが事実です。
これは、ネットのみでは無く、何か、今の日本に蔓延している宿痾ではないのか、と疑うことも再々ではありません。
日本の教育では、言論の諸相を学問的のみならず、実際の技法として学ぶ機会が一切無いのが、その一員とも言えるかと思います。
例えば、欧米では、弁論なり、討論、そして演説等と言う技術を中等程度の学校から教えます。 英語で言う処の、speechや、discussionを学校教育で教え、その実施技法等とともに、それを聞き、異議があれば討論に参加して他人と意見を交換するのです。 その際に、挙げ足取り等をすると、ルール違反で教師に注意されます。 他人の意見には、自身の意見を持って相対するのが社会的規範なのです。
日本人には、馴染みがありませんので、ルール違反が蔓延っていますが、日本でも、例えば欧米人との交流では、それは、通用しません。 そのような誤謬を犯せば、一般常識に欠ける人との烙印を押されるでしょう。
私は、その昔、YMCAでそのような実例を観ました。 英語のクラスで外国人差別の問題で討論をした時に、或る日本人が、日本には差別は無い、と言ったので、他の参加者から、一斉に事実認識の誤りを指摘されたのですが、その方は、頑なに自分の意見に拘り、意見交換が不可能でした。 其処で、米国人教師の指導が入り、日本社会の諸種実相を指摘され、ある韓国人の生徒に自身の経験を話させました。 そして、discussion(討論)のルールの説明に移られたのでした。 なかなか巧みな指導であったのを覚えています。
残念ながら、便所の落書きをする人たちには、理解して頂くのは難しいでしょうから、此方が無視するしか無いのでしょうね。 了解しました。
もうひとつ
こちらのブログで私が好きな記事の一つに「ヘイトスピーチにどう向き合うべきなのか」(2016/04/06)があるのですが、「…権力による政治的表現の自由への抑制の第一歩に結びつく…」には大いに共感するところです。こちらのブログの承認のハードルが低い背景にもそんなご姿勢(自由を大切になさる)があるのかなと思っています。
でも、こちらは一般社会ではなくて、承認制の個人ブログです。管理者がいらっしゃる以上、コメント欄での議論の中に参加している人たちへの不当な(個人)攻撃や侮辱が含まれる場合などは「承認するときもあるけど、一切無視して」ではなくて、やはりなんらかの管理を検討していただきたいような気がします。テーマによっては特定の人が複数からきびしく批判、じゃなくて、非難されるということもたびたびありました。
「猪野先生」の方針の下に組織(法律事務所、他の団体など)の健全なマネジメントがあるように、コメント欄のマネジメントも管理者の方針一つの部分があると思います。お忙しいとは思いますが。
それから不快になるコメントって、必ずしもネトウヨさん発とは限らないと思います。すみません、えらそうに書きました。これからも楽しみにしたいです、記事もコメントも。
でも、こちらは一般社会ではなくて、承認制の個人ブログです。管理者がいらっしゃる以上、コメント欄での議論の中に参加している人たちへの不当な(個人)攻撃や侮辱が含まれる場合などは「承認するときもあるけど、一切無視して」ではなくて、やはりなんらかの管理を検討していただきたいような気がします。テーマによっては特定の人が複数からきびしく批判、じゃなくて、非難されるということもたびたびありました。
「猪野先生」の方針の下に組織(法律事務所、他の団体など)の健全なマネジメントがあるように、コメント欄のマネジメントも管理者の方針一つの部分があると思います。お忙しいとは思いますが。
それから不快になるコメントって、必ずしもネトウヨさん発とは限らないと思います。すみません、えらそうに書きました。これからも楽しみにしたいです、記事もコメントも。
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No title
「当ブログに対して、コメントしたいが、コメントするとネトウヨたちからの揚げ足取りのようなコメントが来るので、コメントしづらいというご意見がありました。」とのブログ主のご意見ですが、一部のサヨク連中による侮辱コメントが相当見受けられます。
明白な揚げ足とりは勿論のこと、コメントした者に対する非礼、侮辱コメントだけでも非承認とすべきではないでしょうか。
私は一般人様が「私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。 」と仰るように私の意見も揚げ足とりと受け止められているのでしょう。私もそろそろ遠慮する時がきたのかもしれません。
明白な揚げ足とりは勿論のこと、コメントした者に対する非礼、侮辱コメントだけでも非承認とすべきではないでしょうか。
私は一般人様が「私も入っているのでしょうから、そろそろ、遠慮する時が来たのかもしれませんね。 」と仰るように私の意見も揚げ足とりと受け止められているのでしょう。私もそろそろ遠慮する時がきたのかもしれません。
No title
自覚してもらわなければならないならない方に自覚がないのが残念です。
潮時か?
便所の落書きって何でしょうね?
例えば
>ネトウヨちゃんは、全然ブログ主殿の記事を読まずに脊髄反射しているとしか思えないコメントを送ってきますね。おもろ。
なんていうアホみたいなコメントは明らかに便所の落書きなんでしょうがね。
私の場合、皮肉と嫌味を効かせつつも、出来るだけ直載に、それなりに実のある意見を書いているつもりだが、頭の良い高学歴なリベラル・サヨクの皆さんにとっては私のコメントも揚げ足とりなんでしょうかね。耳に痛いでしょうし、嫌いでしょうから「ネトウヨの揚げ足取りだ!」って結論付けて安らぎたい気持ちはわかりますがね。
ま、私もそろそろ遠慮すべき時が来たのかな?
いやはや、こうやってグループの思想は純化され、批判も衝突もない優しい世界(笑)が出来上がって行くのかなぁ。
まあ仕方ない。
総じて政治的バイアスの強い承認制コメのblogってやつは、blog主の思想に基づいて画一化するのが宿命。
結果として出来上がるのは、住人やblog主が「アベ氏ね」とか「朝鮮人氏ね」と合唱して共感した気分に浸る装置。
あるいは住人やblog主が互いに互いを誉め合って、承認欲求を満たす装置。
このblogはそれなりにちゃんとコメント書けば、キツい意見でもコメ承認してくれるから、その点は正確な意味で「リベラル」だったんですけどね。
純化されちゃうのはもったいないね。
例えば
>ネトウヨちゃんは、全然ブログ主殿の記事を読まずに脊髄反射しているとしか思えないコメントを送ってきますね。おもろ。
なんていうアホみたいなコメントは明らかに便所の落書きなんでしょうがね。
私の場合、皮肉と嫌味を効かせつつも、出来るだけ直載に、それなりに実のある意見を書いているつもりだが、頭の良い高学歴なリベラル・サヨクの皆さんにとっては私のコメントも揚げ足とりなんでしょうかね。耳に痛いでしょうし、嫌いでしょうから「ネトウヨの揚げ足取りだ!」って結論付けて安らぎたい気持ちはわかりますがね。
ま、私もそろそろ遠慮すべき時が来たのかな?
いやはや、こうやってグループの思想は純化され、批判も衝突もない優しい世界(笑)が出来上がって行くのかなぁ。
まあ仕方ない。
総じて政治的バイアスの強い承認制コメのblogってやつは、blog主の思想に基づいて画一化するのが宿命。
結果として出来上がるのは、住人やblog主が「アベ氏ね」とか「朝鮮人氏ね」と合唱して共感した気分に浸る装置。
あるいは住人やblog主が互いに互いを誉め合って、承認欲求を満たす装置。
このblogはそれなりにちゃんとコメント書けば、キツい意見でもコメ承認してくれるから、その点は正確な意味で「リベラル」だったんですけどね。
純化されちゃうのはもったいないね。
No title
リベラル系ブログを読んでいて不思議なのは、アンチの書き込みしか投稿しない方が結構いることです。
普通、そのブログを読み、わざわざコメントを書いて投稿しようとするのは、だいたいそのブログの主張に同調する人たちじゃないでしょうか?
私もブログ主様と全く同意見ではありませんが、基本的姿勢は同じです。
全然論旨に同調できないブログをわざわざ読み、労力をかけてアンチのコメントを毎回書いて送る・・・意味分かりません。そんなの苦痛なだけではないのか? そういう方にとって、その行為は楽しいものなのか? 仕事なんじゃないのか(笑)?
コメントの半分以上がそういう人々からのものであったりすると、読んでいて胸が痛みます。
ただし、主様が何も感じないということであれば、一読者として、別にどうこうせよ、と主張する気もありません。
特定HNを確認したら、スルーすればいいだけですから。ただし、雰囲気は悪くなり、真面目に投稿しようとする方がためらう場合もあるでしょう。
普通、そのブログを読み、わざわざコメントを書いて投稿しようとするのは、だいたいそのブログの主張に同調する人たちじゃないでしょうか?
私もブログ主様と全く同意見ではありませんが、基本的姿勢は同じです。
全然論旨に同調できないブログをわざわざ読み、労力をかけてアンチのコメントを毎回書いて送る・・・意味分かりません。そんなの苦痛なだけではないのか? そういう方にとって、その行為は楽しいものなのか? 仕事なんじゃないのか(笑)?
コメントの半分以上がそういう人々からのものであったりすると、読んでいて胸が痛みます。
ただし、主様が何も感じないということであれば、一読者として、別にどうこうせよ、と主張する気もありません。
特定HNを確認したら、スルーすればいいだけですから。ただし、雰囲気は悪くなり、真面目に投稿しようとする方がためらう場合もあるでしょう。
No title
私は一般人様、 法 URL様、 HNを使用いたしません様。
あなた方のコメントは、私の言う処の「便所の落書」の範疇ではありませんよ。
私が言うのは、左右を問わずに、特段の御自身の御意見も開陳されず、他人の意見にケチのみつける偏執的な方のものです。
例えば、「便所の落書って何でしょうね?」のみ書き捨てにされる一言居士です。 其処から御自身の意見を敷衍されれば、その一言も生きる訳ですが、ただ、その一言のみでは、御自身の意見は無いのに、他人の挙げ足を取るだけの「便所の落書」に堕してしまう訳です。 御理解頂けるでしょうか?
これは、政治思想の左右を問わずに、です。 実際、私自身も、あるブログで、リベラルと思って居た方に、不当なレッテルを貼られ、自身に不当な評価を下されたことがあります。
自身の気に入らない他人の意見を排除する目的で、勝手なレッテルを貼ること自体は忌避するべきです。
しかし、「便所の落書」は、何方にでも、その具体的イメージは、理解して頂けることと思い、使用しましたのみです。
御気に入り頂けないのであれば、「一定の話題、または、報道、その他当該論稿等に関わる自己の意見、または、受けた印象、若しくは、その他自身の追憶、体験等を記すこと無く、他人の著したそれら表現等に対して、悪意のある語句等を放ち、その評価を貶める意図を持って為す表現」とでも言い直しましょうか?
あなた方のコメントは、私の言う処の「便所の落書」の範疇ではありませんよ。
私が言うのは、左右を問わずに、特段の御自身の御意見も開陳されず、他人の意見にケチのみつける偏執的な方のものです。
例えば、「便所の落書って何でしょうね?」のみ書き捨てにされる一言居士です。 其処から御自身の意見を敷衍されれば、その一言も生きる訳ですが、ただ、その一言のみでは、御自身の意見は無いのに、他人の挙げ足を取るだけの「便所の落書」に堕してしまう訳です。 御理解頂けるでしょうか?
これは、政治思想の左右を問わずに、です。 実際、私自身も、あるブログで、リベラルと思って居た方に、不当なレッテルを貼られ、自身に不当な評価を下されたことがあります。
自身の気に入らない他人の意見を排除する目的で、勝手なレッテルを貼ること自体は忌避するべきです。
しかし、「便所の落書」は、何方にでも、その具体的イメージは、理解して頂けることと思い、使用しましたのみです。
御気に入り頂けないのであれば、「一定の話題、または、報道、その他当該論稿等に関わる自己の意見、または、受けた印象、若しくは、その他自身の追憶、体験等を記すこと無く、他人の著したそれら表現等に対して、悪意のある語句等を放ち、その評価を貶める意図を持って為す表現」とでも言い直しましょうか?
HNさん
>反体制もポーズにすぎないでしょう。
>で、野良猫に餌やって可愛がるアピールしてみたり
別記事からだけど、私、HNさんのコメント(コメント欄によってはまるごとスキップしたりもするので、全部は読んでいないと思いますが)共感することけっこうありますよ(ご迷惑かもしれませんが)。この偽装左派の描写も秀逸です。
>このblogはそれなりにちゃんとコメント書けば、キツい意見でもコメ承認してくれるから、その点は正確な意味で「リベラル」だったんですけどね。
純化されちゃうのはもったいないね。
私はこれまでの(自称)リベラルの言動・行動を思えば、今、さかんに用いられているリベラルの意味をつかみかねていて、まだ理解ができていません。が、おっしゃっているこのブログのよさ、同感です。
ただ「純化」?とか、そんなことは目指されていませんよ。「猪野先生万歳!」ブログになってしまうことは誰よりもブログ主さんが望んでいないというか嫌悪されると思います。
コメントがみんな同じ方向を向くようなら怖い。ブログ主さんは「多文化共生」派であるとどなたかがどこかでコメントされていましたし。多文化共生って多くの価値観が混在していること、ただし「共生」には「共生」の作法がありますよってことだと思います。人を排除ってあり得ません。
その上で、あからさまな個人攻撃や侮辱・嘲笑コメントはやめましょうってことだと思います。そして、攻撃に攻撃で返すのはブログ主さんもお嫌いな戦争じゃないですか。繰り返しになりますが、そんなコメント、ネトウヨさん発のものばかりではないと私も思います。
>反体制もポーズにすぎないでしょう。
>で、野良猫に餌やって可愛がるアピールしてみたり
別記事からだけど、私、HNさんのコメント(コメント欄によってはまるごとスキップしたりもするので、全部は読んでいないと思いますが)共感することけっこうありますよ(ご迷惑かもしれませんが)。この偽装左派の描写も秀逸です。
>このblogはそれなりにちゃんとコメント書けば、キツい意見でもコメ承認してくれるから、その点は正確な意味で「リベラル」だったんですけどね。
純化されちゃうのはもったいないね。
私はこれまでの(自称)リベラルの言動・行動を思えば、今、さかんに用いられているリベラルの意味をつかみかねていて、まだ理解ができていません。が、おっしゃっているこのブログのよさ、同感です。
ただ「純化」?とか、そんなことは目指されていませんよ。「猪野先生万歳!」ブログになってしまうことは誰よりもブログ主さんが望んでいないというか嫌悪されると思います。
コメントがみんな同じ方向を向くようなら怖い。ブログ主さんは「多文化共生」派であるとどなたかがどこかでコメントされていましたし。多文化共生って多くの価値観が混在していること、ただし「共生」には「共生」の作法がありますよってことだと思います。人を排除ってあり得ません。
その上で、あからさまな個人攻撃や侮辱・嘲笑コメントはやめましょうってことだと思います。そして、攻撃に攻撃で返すのはブログ主さんもお嫌いな戦争じゃないですか。繰り返しになりますが、そんなコメント、ネトウヨさん発のものばかりではないと私も思います。
No title
とら猫イーチさん:
>挙げ足取り等をすると、ルール違反で教師に注意されます。 他人の意見には、自身の意見を持って相対するのが社会的規範なのです。
違います。
私は産学官連携に関わっていることで、海外の学術誌の査読を依頼されたり、国際会議の司会を依頼されることが度々ありますが、
論旨に影響する事実関係の誤りを指摘する際に、論旨に対する対案を示すことは必須ではありませんよ。
貴方が示された例は、知識の少ない生徒や、豊富な知識を開陳するための語彙力が十分でない受講者を対象にした教育の場での仕切り方の例で、日本語ネイティブと思われる成人が議論するこの場には当てはまらないかと思います。
>私が言うのは、左右を問わずに、特段の御自身の御意見も開陳されず、他人の意見にケチのみつける偏執的な方のものです。
では、下記事例の修正前記事に対しても、ご自身の意見とやらを開陳する必要がありますか?
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-1885.html
リンク先の記事は、当初「たった62人の大富豪が全世界の半分の富を持つ」となっていました。
しかし、正しい事実関係は「62人の持つ富と世界人口の半数の貧困層の持つ富はともに0.7%と同数」です。62人が50%の富を持っていません。
62人が50%の富を持つ場合と0.7%を持つ場合とでは、当然、導かれる政策が異なります。
「たった62人の大富豪が全世界の半分の富を持つ」という「問題そのものが無い」のだから、問題解決の対案などありません。
それでもなお、対案無く責めることが問題ですか?
無茶苦茶な事実関係を放置して、「62人が半分の富をもつのは問題ですねー。たった62人に重税を課せば世界全市民の富が倍増しますねー。メデタシメデタシ」とでもなれ合うのが、議論の世界標準とでも言いたい??
>挙げ足取り等をすると、ルール違反で教師に注意されます。 他人の意見には、自身の意見を持って相対するのが社会的規範なのです。
違います。
私は産学官連携に関わっていることで、海外の学術誌の査読を依頼されたり、国際会議の司会を依頼されることが度々ありますが、
論旨に影響する事実関係の誤りを指摘する際に、論旨に対する対案を示すことは必須ではありませんよ。
貴方が示された例は、知識の少ない生徒や、豊富な知識を開陳するための語彙力が十分でない受講者を対象にした教育の場での仕切り方の例で、日本語ネイティブと思われる成人が議論するこの場には当てはまらないかと思います。
>私が言うのは、左右を問わずに、特段の御自身の御意見も開陳されず、他人の意見にケチのみつける偏執的な方のものです。
では、下記事例の修正前記事に対しても、ご自身の意見とやらを開陳する必要がありますか?
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-1885.html
リンク先の記事は、当初「たった62人の大富豪が全世界の半分の富を持つ」となっていました。
しかし、正しい事実関係は「62人の持つ富と世界人口の半数の貧困層の持つ富はともに0.7%と同数」です。62人が50%の富を持っていません。
62人が50%の富を持つ場合と0.7%を持つ場合とでは、当然、導かれる政策が異なります。
「たった62人の大富豪が全世界の半分の富を持つ」という「問題そのものが無い」のだから、問題解決の対案などありません。
それでもなお、対案無く責めることが問題ですか?
無茶苦茶な事実関係を放置して、「62人が半分の富をもつのは問題ですねー。たった62人に重税を課せば世界全市民の富が倍増しますねー。メデタシメデタシ」とでもなれ合うのが、議論の世界標準とでも言いたい??
No title
ここでは関係ないと思いますが、「世界で62人の富豪が所有する富と世界人口半数の数十億の人々が所有する富の大きさが同じである。」ことが事実であれば不公平であると思う人は多いでしょう。
また、客観的事実の誤りを指摘するのは批判でも揚げ足とりでもないでしょう。意見と事実認識は別もので、共通の事実認識にたってなおかつ意見が違えば違う意見を述べることで生産的な論議が成り立つと私は思います。
これは蛇足ですが、アベノミクスの是非を問うとき、多項目の事実認識がありそれらによって評価が違うのが与野党の見解であり、要は共通の事実認識に立ってないわけで、これでは正しい政策はでてこないし世論が割れるのもやむを得ないでしょう。
また、客観的事実の誤りを指摘するのは批判でも揚げ足とりでもないでしょう。意見と事実認識は別もので、共通の事実認識にたってなおかつ意見が違えば違う意見を述べることで生産的な論議が成り立つと私は思います。
これは蛇足ですが、アベノミクスの是非を問うとき、多項目の事実認識がありそれらによって評価が違うのが与野党の見解であり、要は共通の事実認識に立ってないわけで、これでは正しい政策はでてこないし世論が割れるのもやむを得ないでしょう。
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No title
当ブログのコメント欄については、その後も秘密コメントも含め、種々のご意見を頂いているところです。
当ブログや他のコメントを頂いている方々が、気持ちよく(見解は異なっても)、コメントできる環境が望ましいところです。
政治的な見解であり、対立(感情)もあることから、気持ちよくというのも最初から困難であることも承知しております。
そういった事情も意識された上でコメントを頂ければと思います。
それから、揚げ足取りのコメントが自分ではないかとコメントを頂いた方もいっらっしゃいますが、これまで述べた趣旨は、そういった方々へ向けられたものではありません。
秘密コメントでしたが、むしろコメントされなくなることになれば残念というご意見もありました。
今後とも、当ブログをよろしくお願いいたします。
当ブログや他のコメントを頂いている方々が、気持ちよく(見解は異なっても)、コメントできる環境が望ましいところです。
政治的な見解であり、対立(感情)もあることから、気持ちよくというのも最初から困難であることも承知しております。
そういった事情も意識された上でコメントを頂ければと思います。
それから、揚げ足取りのコメントが自分ではないかとコメントを頂いた方もいっらっしゃいますが、これまで述べた趣旨は、そういった方々へ向けられたものではありません。
秘密コメントでしたが、むしろコメントされなくなることになれば残念というご意見もありました。
今後とも、当ブログをよろしくお願いいたします。
No title
ゆうじ 様
貴方も、他人のコメントの論旨を理解した上での反論コメントとは思えませんね。
ま、貴方のコメントは誤読であり、挙げ足取りとは違うのでしょうが、良く御読みの上で反論されるべきではないのでしょうか。
まず、貴方の言われる査読や、司会は、論議をされる立場でありませんので、その経験を経たので、欧米に於ける議論等の手法に熟達された、と言うことにはなり得無いのでは無いのでしょうか。
デベート等では、その点は、厳しいので挙げ足取りは失点です。
また、単なる事実関係の修正や、誤謬を訂正されるのは、論議で無いことも御分かり頂けるでしょう?
「知識の少ない生徒や、豊富な知識を開陳するための語彙力が十分でない受講者」の内で「生徒」と「受講者」を夫々、「コメントされる方」に読み代えると、私の言う処になります。
即ち、御自身の御意見の開陳が出来ずに、ケチのみつけるのは、単に不興を買うのみですから。
御尋ねの事例については、また、その論議の場で興が趣けば御披露いたしましょう。 此処で、長時間、論ずるのは、それこそ社会常識欠如との批判を受けることにも為り得ますので。
因みに、関連の論議は、長い論稿になりますので、私が会員である処の「ちきゅう座」で論じることにしておりますので、良ければ其方を御覧下されば幸いです。 過去の経済・財政関連のものが残っていると思います。 興味の趣くままですので、貴方の問い掛けに直接の回答があるかどうかは分かりませんが。
また、「日本語ネイティブと思われる成人が議論するこの場」において、と言われますが、その日本語ネイティブが社会的常識を弁えずに、他人を不愉快にすることに専念するかの如き落書をするので、非難している訳です。
単に、日本語話者であるのみで、正当な論議の場になる訳が無いのです。 それには、正しい教育、指導が必要である訳です。 その趣旨を御理解頂きたいものです。
そう言えば、まず第一に、国会の議論を指導して頂く必要がありますが。 別にハーバードから講師招聘をしなくてもYMCAに委託すれば良いのです。
貴方も、他人のコメントの論旨を理解した上での反論コメントとは思えませんね。
ま、貴方のコメントは誤読であり、挙げ足取りとは違うのでしょうが、良く御読みの上で反論されるべきではないのでしょうか。
まず、貴方の言われる査読や、司会は、論議をされる立場でありませんので、その経験を経たので、欧米に於ける議論等の手法に熟達された、と言うことにはなり得無いのでは無いのでしょうか。
デベート等では、その点は、厳しいので挙げ足取りは失点です。
また、単なる事実関係の修正や、誤謬を訂正されるのは、論議で無いことも御分かり頂けるでしょう?
「知識の少ない生徒や、豊富な知識を開陳するための語彙力が十分でない受講者」の内で「生徒」と「受講者」を夫々、「コメントされる方」に読み代えると、私の言う処になります。
即ち、御自身の御意見の開陳が出来ずに、ケチのみつけるのは、単に不興を買うのみですから。
御尋ねの事例については、また、その論議の場で興が趣けば御披露いたしましょう。 此処で、長時間、論ずるのは、それこそ社会常識欠如との批判を受けることにも為り得ますので。
因みに、関連の論議は、長い論稿になりますので、私が会員である処の「ちきゅう座」で論じることにしておりますので、良ければ其方を御覧下されば幸いです。 過去の経済・財政関連のものが残っていると思います。 興味の趣くままですので、貴方の問い掛けに直接の回答があるかどうかは分かりませんが。
また、「日本語ネイティブと思われる成人が議論するこの場」において、と言われますが、その日本語ネイティブが社会的常識を弁えずに、他人を不愉快にすることに専念するかの如き落書をするので、非難している訳です。
単に、日本語話者であるのみで、正当な論議の場になる訳が無いのです。 それには、正しい教育、指導が必要である訳です。 その趣旨を御理解頂きたいものです。
そう言えば、まず第一に、国会の議論を指導して頂く必要がありますが。 別にハーバードから講師招聘をしなくてもYMCAに委託すれば良いのです。
線引きはなかなか難しい。
だいぶ前のことですが特攻隊員の「犬死」という表現について
ブログ主さんと議論をしたことがあります。
その時,途中で言葉遊びには付き合いきれない、
とブログ主さんから非承認されてしまいました。
今思えばあれも揚げ足取りだったのでしょうか。
今振り返っても自分では普通にコメントしていたつもりでした。
自覚がないと言われればそれまでですが。
一言に自覚といっても悪意との線引きは難しいと思います。
また、規制するにしてもそこまでブログ主さんに
手を焼かせるのはどうかと思います。
揚げ足取りはスルーしても良いと思いますが、
スルーする前に揚げ足を取られたと言い返してみたらと思います。
まあ、議論を前提にコメントする人達だけではないですからね。
その点は配慮すべきかもしれません。
>ネトウヨたちからの揚げ足取りのようなコメントが・・・・
せめてこのエントリーではブログ主さんが自らネトウヨと
言って欲しくはありませんでした。
左派の人は右派のあらがよく見えるものです。
揚げ足取りの人達が特定のネトウヨだったとしても
揚げ足をとってしまう人は右派にも左派にもいます。
またその相談者が左派であれば当然左派系から揚げ足取りは来ません。
コメントを見直すということがこのエントリーの主旨であれば
どちらに偏ることなく一度政治色から離れることは必要でしょう。
この意見もネトウヨと言う言葉を揚げ足取っているのかなあ。
線引きはなかなか難しいですね。
ブログ内の記事検索フォームで「ネットウヨク」について改めて確認しました。
「ネットウヨクからのメール(2015/04/30 09:51)」
「ネットウヨクの実像 優しさの欠片もない人たち(2013/07/16 09:55)」
など、けっこうたくさんの記事が出てきます。こんなところから、具体的にネトウヨさんってこんな人たちだということがわかると思います。私はこちらで勉強させていただきました。
ただ、何度も申しわけありませんが、ネトウヨさんがどうとかこうとかというよりも、コメント欄での反応でコメントしづらい、しづらくなったと思う人がいるということが問題なのでしょう。そして、他の人のコメントに不快なことばをかぶせてくるのは右より~極右の人ばかりではないと思います。
コメント欄で『重重: 中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語』などをご紹介くださった方とか、最近、コメントがないようで残念です。別のご事情があってのことかもしれませんが、またコメント欄で色々教えてくださらないかな、と思っています。
「ネットウヨクからのメール(2015/04/30 09:51)」
「ネットウヨクの実像 優しさの欠片もない人たち(2013/07/16 09:55)」
など、けっこうたくさんの記事が出てきます。こんなところから、具体的にネトウヨさんってこんな人たちだということがわかると思います。私はこちらで勉強させていただきました。
ただ、何度も申しわけありませんが、ネトウヨさんがどうとかこうとかというよりも、コメント欄での反応でコメントしづらい、しづらくなったと思う人がいるということが問題なのでしょう。そして、他の人のコメントに不快なことばをかぶせてくるのは右より~極右の人ばかりではないと思います。
コメント欄で『重重: 中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語』などをご紹介くださった方とか、最近、コメントがないようで残念です。別のご事情があってのことかもしれませんが、またコメント欄で色々教えてくださらないかな、と思っています。
No title
ひまわり 様
揚げ足取っているのかなあ、と自省される方なら、揚げ足を取るような姑息な真似はされませんので、御気づかいは御無用ではないでしょうか。
因みに、私が、今、個人的に、頭に来ているのは、右では無く、あるリベラルブログです。 私は、そのブログの趣旨には、同感ですが、ただ、事実関係や、自身の体験を少しばかりコメントを寄せたのですが、速効で削除され、不当にも右派の迷惑コメ並みの誹謗・中傷を受けました。 余りにもムカついたので、事実を集積して、当該ブログ管理会社宛に管理規約に違背している事実を通告してやろうとしております。 何がリベラルか、馬鹿ブログめ、と頭に来ているのです。
この様に、社会的規範、倫理、常識、等々に違背した行いをする者は、無意識に敵を作ることになります。 因果応報ですので、仕方がありません。
幾らネットの世界でも、一定範疇を超えれば、違法ですし、一般世間で通用している規範は、ネットの世界でも貴ぶのが常識です。
例えば、町会の会合で、町会長が年間行事と会計の報告をされたと仮定します。 その折に、一々、仔細に疑問を出され、貶す一方で、修正案も持ち合わせず、代替案も出さず、では、一般の会員が如何に想われるでしょうか。
そのような方に対しては、会長からは、一定の回答はあるものの、一定限度を超えれば、必ず、議長から制止があるので普通です。 その上で、当該質問については、議長預かりになることでしょう。 それで無ければ、忙しい中を町会の会合に集合された方々が迷惑です。
今回は、ブログ管理人様が、その町会長役です。
お気の毒なのは、読めばムカつくコメントも、管理人様は、必ず読まねばならない立場であることです。 そう思いを致しますと、揚げ足取りを無視することでこの世の平和が保てるのならば、それで構わないのではないのでしょうか。 我々にも、揚げ足取りの無視権がある、と理解しましょう。
揚げ足取っているのかなあ、と自省される方なら、揚げ足を取るような姑息な真似はされませんので、御気づかいは御無用ではないでしょうか。
因みに、私が、今、個人的に、頭に来ているのは、右では無く、あるリベラルブログです。 私は、そのブログの趣旨には、同感ですが、ただ、事実関係や、自身の体験を少しばかりコメントを寄せたのですが、速効で削除され、不当にも右派の迷惑コメ並みの誹謗・中傷を受けました。 余りにもムカついたので、事実を集積して、当該ブログ管理会社宛に管理規約に違背している事実を通告してやろうとしております。 何がリベラルか、馬鹿ブログめ、と頭に来ているのです。
この様に、社会的規範、倫理、常識、等々に違背した行いをする者は、無意識に敵を作ることになります。 因果応報ですので、仕方がありません。
幾らネットの世界でも、一定範疇を超えれば、違法ですし、一般世間で通用している規範は、ネットの世界でも貴ぶのが常識です。
例えば、町会の会合で、町会長が年間行事と会計の報告をされたと仮定します。 その折に、一々、仔細に疑問を出され、貶す一方で、修正案も持ち合わせず、代替案も出さず、では、一般の会員が如何に想われるでしょうか。
そのような方に対しては、会長からは、一定の回答はあるものの、一定限度を超えれば、必ず、議長から制止があるので普通です。 その上で、当該質問については、議長預かりになることでしょう。 それで無ければ、忙しい中を町会の会合に集合された方々が迷惑です。
今回は、ブログ管理人様が、その町会長役です。
お気の毒なのは、読めばムカつくコメントも、管理人様は、必ず読まねばならない立場であることです。 そう思いを致しますと、揚げ足取りを無視することでこの世の平和が保てるのならば、それで構わないのではないのでしょうか。 我々にも、揚げ足取りの無視権がある、と理解しましょう。
masaki様・とら猫イーチ様
masaki様
>ネトウヨさんがどうとかこうとかというよりも、
コメント欄での反応でコメントしづらい、
しづらくなったと思う人がいるということが問題なのでしょう。
↑ご指摘ありがとう御座います。
ごもっともです。反省します(泣)
ちょっと気になることがありまして・・・。
私は明らかに理不尽な批判をする相手には容赦しない姿勢を取ってきました。
私のやりとりのあとこのブログから姿を現さなくなった方が数人います。
理由は他にもあるとは思いつつ、ちょっと気になっています。
今回ご忠告していただいたようにもし私が暴走していると感じたなら
何卒STOPをおかけ頂けるとありがたいです。
「明らかに理不尽」という判断を私なり見直すきっかけが欲しいのです。
masaki様とは思想のスタンスは異なるようですが
私はこういうことって右左関係ないと思うのです。
とら猫イーチ様
アドバイスありがとう御座います。
私も多くの人に参加してもらいたいと願う者の一人ですので
このようなエントリーやとら猫イーチ様のご指示は重く受け止めたいです。
揚げ足取りはやはり自問自答したとしても自分では線引きは難しいです。
もしそう感じたらご注意いただけると助かります。
またご指摘を受けたにもかかわらず、なぜこれが揚げ足取りなんだ、
と思ってしまうかもしれません。
その時はまたご指導頂ければ幸いです。
常々思うのですがイデオロギーや思想・信条というものは時として
人間を盲目にさせやすい代物であり取り扱い注意であると感じています。
運動家やプロ市民らが倫理や常識等々に違背してまで
過激な行動している光景を目にすると
一種の振興宗教に取憑かれているように映ります。
ヘイトしかりしばき隊しかり、最近では沖縄の基地反対派の不法テントなど。
また、とら猫イーチ様があるリベラル系のブログに腹が立ったように
私も保守から理不尽な仕打ちを受ければ
同じような感情を抱いたことでしょう。
同じ思想相手から自分に火の粉が降ってきて初めて
相手の盲目性に気づくのかもしれません。
同胞にはどうしても甘くなるのものです。
自分に火の粉が降らなければどうしても黙認してしまうのは人情でしょうか。
右も左も同じように盲目的にぶつかれば永遠に収集は付かないでしょう。
私達はそんな愚行は望んでいないはずです。
人の振り見て我が振り直せということわざは
対立する相手だけではなく自分に近い思想相手にも目を向けるべきでしょう。
皆さんに頼ってばかりですが
私は自由に発言出来るこのブログが継続して欲しいと思っています。
masaki様もおっしゃってましたが、
コメントしづらくなったと思う人がいる、
ということを我々はまず真摯に受け止めるべきなのでしょう。
>ネトウヨさんがどうとかこうとかというよりも、
コメント欄での反応でコメントしづらい、
しづらくなったと思う人がいるということが問題なのでしょう。
↑ご指摘ありがとう御座います。
ごもっともです。反省します(泣)
ちょっと気になることがありまして・・・。
私は明らかに理不尽な批判をする相手には容赦しない姿勢を取ってきました。
私のやりとりのあとこのブログから姿を現さなくなった方が数人います。
理由は他にもあるとは思いつつ、ちょっと気になっています。
今回ご忠告していただいたようにもし私が暴走していると感じたなら
何卒STOPをおかけ頂けるとありがたいです。
「明らかに理不尽」という判断を私なり見直すきっかけが欲しいのです。
masaki様とは思想のスタンスは異なるようですが
私はこういうことって右左関係ないと思うのです。
とら猫イーチ様
アドバイスありがとう御座います。
私も多くの人に参加してもらいたいと願う者の一人ですので
このようなエントリーやとら猫イーチ様のご指示は重く受け止めたいです。
揚げ足取りはやはり自問自答したとしても自分では線引きは難しいです。
もしそう感じたらご注意いただけると助かります。
またご指摘を受けたにもかかわらず、なぜこれが揚げ足取りなんだ、
と思ってしまうかもしれません。
その時はまたご指導頂ければ幸いです。
常々思うのですがイデオロギーや思想・信条というものは時として
人間を盲目にさせやすい代物であり取り扱い注意であると感じています。
運動家やプロ市民らが倫理や常識等々に違背してまで
過激な行動している光景を目にすると
一種の振興宗教に取憑かれているように映ります。
ヘイトしかりしばき隊しかり、最近では沖縄の基地反対派の不法テントなど。
また、とら猫イーチ様があるリベラル系のブログに腹が立ったように
私も保守から理不尽な仕打ちを受ければ
同じような感情を抱いたことでしょう。
同じ思想相手から自分に火の粉が降ってきて初めて
相手の盲目性に気づくのかもしれません。
同胞にはどうしても甘くなるのものです。
自分に火の粉が降らなければどうしても黙認してしまうのは人情でしょうか。
右も左も同じように盲目的にぶつかれば永遠に収集は付かないでしょう。
私達はそんな愚行は望んでいないはずです。
人の振り見て我が振り直せということわざは
対立する相手だけではなく自分に近い思想相手にも目を向けるべきでしょう。
皆さんに頼ってばかりですが
私は自由に発言出来るこのブログが継続して欲しいと思っています。
masaki様もおっしゃってましたが、
コメントしづらくなったと思う人がいる、
ということを我々はまず真摯に受け止めるべきなのでしょう。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
覧古考新:コメントの効用
>当ブログに対して、コメントしたいが、コメントするとネトウヨたちからの揚げ足取りのようなコメントが来るので、コメントしづらいというご意見がありました。
>そこで、コメントされる方にもお願いですが、揚げ足取りのようなコメントに対しては、一切、無視するという姿勢で対応して頂ければと思います。
↑
わたしが不思議に思うのは、いわゆるネットウヨに相当する人のコメントには「意見に意見で返さない」パターンが散見されることだ。
いわく「貧乏人のくせに」、いわく「社会的落伍者のくせに」、いわく「お前は日本人か」。
意見に対してまともに意見で返せないほど知的に貧困なのかと疑ってしまう。
ただ、コメント欄があること自体はよいことだと思う。
なぜなら、「猪野先生の主張の正しさが返って際立つ」場合が多いからだ。
これは私見だが、このコメント欄の7割は記事に批判意見、3割は賛成意見ぐらいの割合だと思う。
これだけ見ると批判意見が優勢に見えるが、内容まで見るとそうとも言えない。
7割の批判意見のうち、2割5分は単なる揚げ足取りや皮肉、2割5分は人権意識に欠けた極論、まともに考えるべきは2割程度。
3割の賛成意見のうち、1割は単なる同意程度の賛意、2割が内容のある賛成意見だと思う。
内容まで見れば、批判・賛成はほぼ同数に感じる。
これらのコメントの中で記事を見ていくと、「猪野先生の主張の正しさが返って際立つ」ケースが多いと思う。
ただし、明らかに批判意見のほうが的を得ている場合もある。
これは猪野先生が次の記事をアップするときに参考にすればよい話と考える。
>そこで、コメントされる方にもお願いですが、揚げ足取りのようなコメントに対しては、一切、無視するという姿勢で対応して頂ければと思います。
↑
わたしが不思議に思うのは、いわゆるネットウヨに相当する人のコメントには「意見に意見で返さない」パターンが散見されることだ。
いわく「貧乏人のくせに」、いわく「社会的落伍者のくせに」、いわく「お前は日本人か」。
意見に対してまともに意見で返せないほど知的に貧困なのかと疑ってしまう。
ただ、コメント欄があること自体はよいことだと思う。
なぜなら、「猪野先生の主張の正しさが返って際立つ」場合が多いからだ。
これは私見だが、このコメント欄の7割は記事に批判意見、3割は賛成意見ぐらいの割合だと思う。
これだけ見ると批判意見が優勢に見えるが、内容まで見るとそうとも言えない。
7割の批判意見のうち、2割5分は単なる揚げ足取りや皮肉、2割5分は人権意識に欠けた極論、まともに考えるべきは2割程度。
3割の賛成意見のうち、1割は単なる同意程度の賛意、2割が内容のある賛成意見だと思う。
内容まで見れば、批判・賛成はほぼ同数に感じる。
これらのコメントの中で記事を見ていくと、「猪野先生の主張の正しさが返って際立つ」ケースが多いと思う。
ただし、明らかに批判意見のほうが的を得ている場合もある。
これは猪野先生が次の記事をアップするときに参考にすればよい話と考える。