コメント
貧乏士官
ロックフェラー一族もフリーメイソンもロスチャイルド家もイルミナティも、日本会議にはかなわない。神道の歴史は、それだけ長い。
アダムとエヴァが禁断の実を食したのも、菩提樹の陰で瞑想する釈迦の心が乱れたのも、全て日本会議のせいに違いない!
恐るべし!日本会議。一体誰が逃れられよう?(byムー民)
アダムとエヴァが禁断の実を食したのも、菩提樹の陰で瞑想する釈迦の心が乱れたのも、全て日本会議のせいに違いない!
恐るべし!日本会議。一体誰が逃れられよう?(byムー民)
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1月4日は
仕事関係で熱田神宮。
行きたい人は行けばよい。
ブログ主同様の考え方の人は行かなければ良い。
そして祭りなど一切参加しなければ良いだけです。
では神社にお参りに行って賽銭入れないでお願い
事する人。
御利益あるのかな?
まあ宗教は信じていないけど。
単なる習慣かな?
近所に地区では有名な観音さんがあります。
ここは家族で毎年元旦に行ってます。
観音さんと神社は違うのかな?
今まで考えた事はなかった。
行きたい人は行けばよい。
ブログ主同様の考え方の人は行かなければ良い。
そして祭りなど一切参加しなければ良いだけです。
では神社にお参りに行って賽銭入れないでお願い
事する人。
御利益あるのかな?
まあ宗教は信じていないけど。
単なる習慣かな?
近所に地区では有名な観音さんがあります。
ここは家族で毎年元旦に行ってます。
観音さんと神社は違うのかな?
今まで考えた事はなかった。
No title
猪野様のご意見に概ね賛同いたします。
2016年の元旦から既に、神社が初詣の参拝者をターゲットに改憲の為のコーナーが設置され、署名活動を行っていますね。
音頭を取っているのは例の日本会議が組織した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」です。
私は絵馬に「美しい日本の平和憲法を守りましょう!」と書いて奉納してやろうかと思ったくらいですが、絵馬代500円払ってこのような神社を儲けさせるのも腹立たしいので止めましたが(^_^;)。
もちろん、神社本庁は宗教法人としての活動の自由がありますのでその意味では改憲運動をしようが憲法違反ではないと思います。
しかし、多くの参拝者が来る初詣を狙っての署名活動とは、いかにもあざといやり口で私は嫌悪感を抱きます。
こんなことをやれば、参拝客や氏子を減らすでしょう。
なお、猪野様の記事では読者が神社に対する強烈な固定概念を持ってしまう危険もありますので、下記のブログのように、こうした改憲活動に批判的な神社や宮司もいることを知って欲しいですね。
神社とて決して一枚岩ではありません。
名古屋清洲山王宮日吉神社の宮司、三輪隆裕さんのブログ
http://hiyoshikami.jp/hiyoshiblog/?cat=1&paged=2
地元住民にとって神社の存在価値はお寺より大きいと思っています。
が、地方では人口の減少で氏子が減り、立ち行かなくなっている神社も少なくないと聞きます。
その神社がこうした改憲運動にうつつを抜かしているうちに、
地元住民の半分は嫌気がさし、ますます神社離れを起こすと思います。
2016年の元旦から既に、神社が初詣の参拝者をターゲットに改憲の為のコーナーが設置され、署名活動を行っていますね。
音頭を取っているのは例の日本会議が組織した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」です。
私は絵馬に「美しい日本の平和憲法を守りましょう!」と書いて奉納してやろうかと思ったくらいですが、絵馬代500円払ってこのような神社を儲けさせるのも腹立たしいので止めましたが(^_^;)。
もちろん、神社本庁は宗教法人としての活動の自由がありますのでその意味では改憲運動をしようが憲法違反ではないと思います。
しかし、多くの参拝者が来る初詣を狙っての署名活動とは、いかにもあざといやり口で私は嫌悪感を抱きます。
こんなことをやれば、参拝客や氏子を減らすでしょう。
なお、猪野様の記事では読者が神社に対する強烈な固定概念を持ってしまう危険もありますので、下記のブログのように、こうした改憲活動に批判的な神社や宮司もいることを知って欲しいですね。
神社とて決して一枚岩ではありません。
名古屋清洲山王宮日吉神社の宮司、三輪隆裕さんのブログ
http://hiyoshikami.jp/hiyoshiblog/?cat=1&paged=2
地元住民にとって神社の存在価値はお寺より大きいと思っています。
が、地方では人口の減少で氏子が減り、立ち行かなくなっている神社も少なくないと聞きます。
その神社がこうした改憲運動にうつつを抜かしているうちに、
地元住民の半分は嫌気がさし、ますます神社離れを起こすと思います。
No title
いい神様だったらお賽銭や献金の額でご利益(?)を加減するはずはありません。だから大丈夫。
そのための箱や袋が目の前にあれば入れてしまう、それも自由なのでしょうね、入れないのと同じように。
そのための箱や袋が目の前にあれば入れてしまう、それも自由なのでしょうね、入れないのと同じように。
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年末に起きた糸魚川市の大火災に関連して
次のことを思いました。
あのような大火災では、自宅に火が及ぶ遥か以前の段階で消し止めなければ、自宅を守ることができないのは明白。自宅の隣が燃えた段階では既に手遅れ。つまり、自宅に全く危険がない段階でも他人の家の火を消しに出かけることが、自宅を守る最低限の手段となる。こうして考えると、自国を含む国際社会の広い範囲に危険を及ぼす可能性のある紛争を、自国の安全に全く関係ない段階でも出かけて行って、これを最小限に留めて収拾するよう実力を行使することが、最終的には自国の安全を守る必要最小限度の実力行使になる。このような場合には、集団的自衛権の行使こそが、日本の安全を守る必要最小限度の実力行使になるのだから、集団的自衛権の行使が憲法違反にならないのは、全く当然なのである、と。
あのような大火災では、自宅に火が及ぶ遥か以前の段階で消し止めなければ、自宅を守ることができないのは明白。自宅の隣が燃えた段階では既に手遅れ。つまり、自宅に全く危険がない段階でも他人の家の火を消しに出かけることが、自宅を守る最低限の手段となる。こうして考えると、自国を含む国際社会の広い範囲に危険を及ぼす可能性のある紛争を、自国の安全に全く関係ない段階でも出かけて行って、これを最小限に留めて収拾するよう実力を行使することが、最終的には自国の安全を守る必要最小限度の実力行使になる。このような場合には、集団的自衛権の行使こそが、日本の安全を守る必要最小限度の実力行使になるのだから、集団的自衛権の行使が憲法違反にならないのは、全く当然なのである、と。
ブログ主に言われるまでもなく
人混みがウザイので正月参拝は行かない
以上
以上
誰に祈るべきか
「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」(西行法師)
「イワシの頭も信心から」
日本人は「何に対して祈るか」には全く無頓着で、「祈っている自分」が大事だと考える。
だから、イワシの頭でも、イヌのフンでも、なんでも拝んでしまう。
(浄土教はその点「弥陀一仏」で筋が通っている)
この年末年始、「誰に祈るべきか」はおのおのよくよく考えたらよろしい。
それがハッキリすれば、「どのように祈るのか」「なにを祈るのか」は、祈るべき誰かのほうで教えてくれる。
願わくば聖霊の助けにより、まことの神のもとに導かれますように。
アーメン。
「イワシの頭も信心から」
日本人は「何に対して祈るか」には全く無頓着で、「祈っている自分」が大事だと考える。
だから、イワシの頭でも、イヌのフンでも、なんでも拝んでしまう。
(浄土教はその点「弥陀一仏」で筋が通っている)
この年末年始、「誰に祈るべきか」はおのおのよくよく考えたらよろしい。
それがハッキリすれば、「どのように祈るのか」「なにを祈るのか」は、祈るべき誰かのほうで教えてくれる。
願わくば聖霊の助けにより、まことの神のもとに導かれますように。
アーメン。
「自宅に火が及ぶ遥か以前の段階で消し止めなければ、自宅を守ることができないのは明白」というのが自衛権
なので日清、日露などはそう
しかし
現在、その自衛権発動は国連加盟国であれば禁止されてます
現在許されているのは、自宅に火が及んだ場合と
火が及んだお宅からの要請がある場合のみ
自衛権が許されます
日本国憲法上、他人のお宅は難しいね
なので日清、日露などはそう
しかし
現在、その自衛権発動は国連加盟国であれば禁止されてます
現在許されているのは、自宅に火が及んだ場合と
火が及んだお宅からの要請がある場合のみ
自衛権が許されます
日本国憲法上、他人のお宅は難しいね
明文で許されています
>現在、その自衛権発動は国連加盟国であれば禁止されてます
日清・日露戦争当時の自衛権と、今日の自衛権は、別物ではありませんので。
国連憲章51条
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」
従来の憲法解釈が、憲法の許容する実力行使を、我が国の平和と独立を守る上で必要最小限度まどとしたとしても、風向きや気温、湿度等によっては自宅から100メートルあるいは200メートル離れた火元での火事を消すことを助けないと、全町内を飲み込む大火になってからでは自宅すら守れないことが有り得るのだから、自宅及び隣家からの要請がある場合に限定する理由はありません。もう一度言いますが、自宅から200メートル以上離れた火元の火事も、全町内を飲み込むような大火になる恐れのある場合には、200メートル以上離れていても、日本には消しに行く権利があります。
日清・日露戦争当時の自衛権と、今日の自衛権は、別物ではありませんので。
国連憲章51条
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。」
従来の憲法解釈が、憲法の許容する実力行使を、我が国の平和と独立を守る上で必要最小限度まどとしたとしても、風向きや気温、湿度等によっては自宅から100メートルあるいは200メートル離れた火元での火事を消すことを助けないと、全町内を飲み込む大火になってからでは自宅すら守れないことが有り得るのだから、自宅及び隣家からの要請がある場合に限定する理由はありません。もう一度言いますが、自宅から200メートル以上離れた火元の火事も、全町内を飲み込むような大火になる恐れのある場合には、200メートル以上離れていても、日本には消しに行く権利があります。
神社への寄付金を町内会費から支出
私の加入している町内会が、今年度から地域の神社への秋祭りの寄付金を町内会費から支出することを総会で決定しました。私も町内会の役員をしているのですが、役員会で町内会長からこの提案がされたとき、次の理由で反対意見を述べました。
①宗教団体である神社に対して町内会費から支出することは、信仰上の観点から、神社を信仰したくない、神社に参拝したくない、神社への寄付はしたくないと考える町内会員の方の信仰の自由、思想・良心の自由を否定し、侵害することとなること。このような意見が少数であっても無視してはいけないこと。
②寄付をするかどうかは本来個人の任意であり、自由意思にゆだねられるべきものであること。町内会費から支出するということは、神社への寄付をその意思にかかわらず強制する結果となること。
しかし、役員会、総会ともに議論もないままあっさり承認されました。金額は一世帯あたり100円ほどですが、額の問題ではないと私は思います。町内会費からの支出は、全国各地でかなり多く行われているのではないでしょうか。 お寺やキリスト教会へ町内会費から支出なんてほとんど聞いた聴いたことがないですよね。
①宗教団体である神社に対して町内会費から支出することは、信仰上の観点から、神社を信仰したくない、神社に参拝したくない、神社への寄付はしたくないと考える町内会員の方の信仰の自由、思想・良心の自由を否定し、侵害することとなること。このような意見が少数であっても無視してはいけないこと。
②寄付をするかどうかは本来個人の任意であり、自由意思にゆだねられるべきものであること。町内会費から支出するということは、神社への寄付をその意思にかかわらず強制する結果となること。
しかし、役員会、総会ともに議論もないままあっさり承認されました。金額は一世帯あたり100円ほどですが、額の問題ではないと私は思います。町内会費からの支出は、全国各地でかなり多く行われているのではないでしょうか。 お寺やキリスト教会へ町内会費から支出なんてほとんど聞いた聴いたことがないですよね。
No title
テレビでやってましたね。
町中の小さな神社でも正月の賽銭収入は3000万円とのこと。
町中の小さな神社でも正月の賽銭収入は3000万円とのこと。
No title
>観音さんと神社は違うのかな?
>今まで考えた事はなかった。
もともと明治以降、神社と寺に明確な区別がつくようになり(神道が当時の国教となって神仏分離政策がとられる)、それまでは「神仏習合」でした(天照=大日如来、スサノオ=薬師如来など)から、お寺に初詣に行っても神社に行ってもいいわけです。
お寺=仏教の神様
神社=神道の神様
ぶっちゃけ(現在では)違いってこんなもんです。
お正月は割と真面目にレスしようっと。
>今まで考えた事はなかった。
もともと明治以降、神社と寺に明確な区別がつくようになり(神道が当時の国教となって神仏分離政策がとられる)、それまでは「神仏習合」でした(天照=大日如来、スサノオ=薬師如来など)から、お寺に初詣に行っても神社に行ってもいいわけです。
お寺=仏教の神様
神社=神道の神様
ぶっちゃけ(現在では)違いってこんなもんです。
お正月は割と真面目にレスしようっと。
そうかな?
国連憲章の51条は第7章の中の例外の話でしょ?
原則は第1条の1項、第2条の3項、4項と第7章にある
文を読めばフルの自衛権なんて認めてない。今、日露戦争と同じことをやったら自衛権と認められない
アフガニスタン侵攻も、アフガニスタン政府からの集団的自衛権要請にソ連が応えたという形にしている
クエート侵攻だって、クエート新政府からの要請でイラクが併合する形にしてる
自衛権が自由なら、そんなことする必要なし
200メートル以上離れていても、要請があれば日本には消しに行く権利はあるが
「新3要件」でも無理、当然、日本国憲法上も無理
まあ例え話なんで、想定がズレちゃう可能性があるが
自宅を守る為に、周りの家をすべて打ち壊したって自衛権よ
これではソ連や中国と変わらんね
原則は第1条の1項、第2条の3項、4項と第7章にある
文を読めばフルの自衛権なんて認めてない。今、日露戦争と同じことをやったら自衛権と認められない
アフガニスタン侵攻も、アフガニスタン政府からの集団的自衛権要請にソ連が応えたという形にしている
クエート侵攻だって、クエート新政府からの要請でイラクが併合する形にしてる
自衛権が自由なら、そんなことする必要なし
200メートル以上離れていても、要請があれば日本には消しに行く権利はあるが
「新3要件」でも無理、当然、日本国憲法上も無理
まあ例え話なんで、想定がズレちゃう可能性があるが
自宅を守る為に、周りの家をすべて打ち壊したって自衛権よ
これではソ連や中国と変わらんね
かつて
国連ななて田舎の農協のようなものと発言して
問題になった大臣がいました。
国連の安保理事会は常任理事国が一国でも拒否権発動すれば決めれない。
決められない国連の憲章がああだこうだと言ってもなにか意味あるんだろうか?
問題になった大臣がいました。
国連の安保理事会は常任理事国が一国でも拒否権発動すれば決めれない。
決められない国連の憲章がああだこうだと言ってもなにか意味あるんだろうか?
No title
ごんべえさん
その通りですね。今まで考えた事なかった。
上の方で絵馬を奉納したら神社に儲けさせるから止めたとありましたが、神社には行ったのです。
これ滑稽な話です。
神社に行かなければよい。
寺に行けばいいだけです。
その通りですね。今まで考えた事なかった。
上の方で絵馬を奉納したら神社に儲けさせるから止めたとありましたが、神社には行ったのです。
これ滑稽な話です。
神社に行かなければよい。
寺に行けばいいだけです。
No title
ケイさん
日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。
また願い事を成就させるパワーも神社と寺院ではかなりの差があるようです。
時代とともに習俗も変わっていきますが、仏壇や墓での個人的な願い事がタブーであることは古今東西普遍的のようです。
日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。
また願い事を成就させるパワーも神社と寺院ではかなりの差があるようです。
時代とともに習俗も変わっていきますが、仏壇や墓での個人的な願い事がタブーであることは古今東西普遍的のようです。
この様な事疎いし考えた事もなかった。
イーグルとコヨーテさん
≪日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。 ≫
言われてみれば確かにそうですね。
≪仏壇や墓での個人的な願い事がタブーであることは古今東西普遍的のようです。 ≫
でも寺院はどうなんでしょう?
成田さんとか川崎大師初詣の参拝客多いですよ。
↓
これ昨日のNHKの番組の受け売りですが。
≪日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。 ≫
言われてみれば確かにそうですね。
≪仏壇や墓での個人的な願い事がタブーであることは古今東西普遍的のようです。 ≫
でも寺院はどうなんでしょう?
成田さんとか川崎大師初詣の参拝客多いですよ。
↓
これ昨日のNHKの番組の受け売りですが。
No title
ケイさん
その曖昧なところを寛容に受け入れるのが仏教です。
私だって墓や仏壇に願い事している人に注意はしません。
そうでないと「悟りを開かずに亡くなった人間が現世人の願いを叶えたり御利益を与える、なんて何の仏典に書いてあるんだ?」なんて昔の〇〇学会みたいになってしまいます。
その曖昧なところを寛容に受け入れるのが仏教です。
私だって墓や仏壇に願い事している人に注意はしません。
そうでないと「悟りを開かずに亡くなった人間が現世人の願いを叶えたり御利益を与える、なんて何の仏典に書いてあるんだ?」なんて昔の〇〇学会みたいになってしまいます。
修養して高める
町内にある神社には付き合いで寄付をすることはありますけどね、自分からお詣りすることは無いですね。
それでも水商売の人などが月一でお詣りに行くというのを聞けば切実な思いがあるのだろうなと思うわけです。
詳しくは知りませんが、仏教は何というか修養を通じて自分を高めて行こうというような思想なのですかね。
確かに何かの試練を乗り越えた後に世界が違って見えるということはありそうですし、そういうのってすごくピンと来るというかそういう生活態度の人ってそこらにいくらでもいるような。
だから御利益を願うということとは遠いものだと言うことも何となく分かります。
それにしても神社の政治化何とかならないのかと思いますね。
まあ、宗教が政治と結び付くというのはよくあることではありますが。
それでも水商売の人などが月一でお詣りに行くというのを聞けば切実な思いがあるのだろうなと思うわけです。
詳しくは知りませんが、仏教は何というか修養を通じて自分を高めて行こうというような思想なのですかね。
確かに何かの試練を乗り越えた後に世界が違って見えるということはありそうですし、そういうのってすごくピンと来るというかそういう生活態度の人ってそこらにいくらでもいるような。
だから御利益を願うということとは遠いものだと言うことも何となく分かります。
それにしても神社の政治化何とかならないのかと思いますね。
まあ、宗教が政治と結び付くというのはよくあることではありますが。
イーグルとコヨーテ さん
ならばやはり
神社を批判するなら行かなければよいだけですね。
祭も勿論参加しないで見に行かなければ良いだけです。
どうしても初詣に行きたかったら寺に行けばいいだけですね。
ちなみに私は寝正月です。
元旦の我が家の慣例の近くの観音さんも私だけ
欠席。
今日の熱田神宮、仕事関係ですが欠席かな?
腰が痛いのと、大発会が気になりますので(笑)
神社を批判するなら行かなければよいだけですね。
祭も勿論参加しないで見に行かなければ良いだけです。
どうしても初詣に行きたかったら寺に行けばいいだけですね。
ちなみに私は寝正月です。
元旦の我が家の慣例の近くの観音さんも私だけ
欠席。
今日の熱田神宮、仕事関係ですが欠席かな?
腰が痛いのと、大発会が気になりますので(笑)
わたし個人としては・・・
>仏教は何というか修養を通じて自分を高めて行こうというような思想なのですかね。
「仏教」とは略称であって、「成仏教」というほうがより実態を表しているという説があります。
「仏教」とは「どのようにして仏(覚者)になるか?」という宗教であり、その方法論として「お念仏」「お題目」「禅」「真言」「律」など「八万四千の法門」とも言われる多種多様なあり方がある。
だから「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな(伝一休禅師作)」とも言えるわけです。
記事の主旨に戻り、「憲法改悪の資金源」になるから、「神社への参拝、お賽銭は考え物」とするなら、「憲法改悪」を進める日本会議関連の宗教団体はすべて同じように言わなければ一貫性がありません。
日本会議のHPには役員名簿として下記宗教団体の代表などが明示されています。
http://www.nipponkaigi.org/about
神社本庁、新生佛教教団、念法眞教、崇教真光、解脱会、黒住教、比叡山延暦寺、佛所護念会、オイスカインターナショナル、倫理研究所、モラロジー研究所、大和教団
(オイスカ、倫理研究所、モラロジー研究所は宗教団体ではないが宗教色が濃いのであげる)
他にキリスト教系だと「キリストの幕屋」、いわゆる原始福音が関係しているといわれている。
調べてみると黒住教は意外だった。
比叡山延暦寺の小堀光實代表役員は事務方のトップであるが、宗派として日本会議の意向に賛成とは思えない。
また、もちろん、ここにあげた宗教団体の信者さんがすべて「憲法改悪」に賛成であるわけではないでしょう。
それでは「憲法改悪」に反対の立場の宗教者の集まりとしてはどのような団体があるのか?
「宗教者九条の和」がそれに当たるでしょう。
宗教者九条の和の呼びかけ人としては以下のように明示されています。
http://shukyosha9jonowa.org/yobikake.html
これは宗教・宗派別ではなく、宗教者個人として参加した形式となっています。
既成仏教のあらゆる宗派、キリスト教はカトリック・プロテスタントともに、新宗教だと日本山妙法寺は当たり前として、金光教、妙智會から参加者がでているのはこれも意外だった。
また、前述同様、ここにあげた宗教団体の信者さんがすべて「憲法改悪」に反対であるわけではない。
わたし個人としては「憲法改悪だから・・・」という切り口で信仰を語ることには賛同しかねる。
>「誰に祈るべきか」はおのおのよくよく考えたらよろしい。
とだけ申し上げる。
「仏教」とは略称であって、「成仏教」というほうがより実態を表しているという説があります。
「仏教」とは「どのようにして仏(覚者)になるか?」という宗教であり、その方法論として「お念仏」「お題目」「禅」「真言」「律」など「八万四千の法門」とも言われる多種多様なあり方がある。
だから「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな(伝一休禅師作)」とも言えるわけです。
記事の主旨に戻り、「憲法改悪の資金源」になるから、「神社への参拝、お賽銭は考え物」とするなら、「憲法改悪」を進める日本会議関連の宗教団体はすべて同じように言わなければ一貫性がありません。
日本会議のHPには役員名簿として下記宗教団体の代表などが明示されています。
http://www.nipponkaigi.org/about
神社本庁、新生佛教教団、念法眞教、崇教真光、解脱会、黒住教、比叡山延暦寺、佛所護念会、オイスカインターナショナル、倫理研究所、モラロジー研究所、大和教団
(オイスカ、倫理研究所、モラロジー研究所は宗教団体ではないが宗教色が濃いのであげる)
他にキリスト教系だと「キリストの幕屋」、いわゆる原始福音が関係しているといわれている。
調べてみると黒住教は意外だった。
比叡山延暦寺の小堀光實代表役員は事務方のトップであるが、宗派として日本会議の意向に賛成とは思えない。
また、もちろん、ここにあげた宗教団体の信者さんがすべて「憲法改悪」に賛成であるわけではないでしょう。
それでは「憲法改悪」に反対の立場の宗教者の集まりとしてはどのような団体があるのか?
「宗教者九条の和」がそれに当たるでしょう。
宗教者九条の和の呼びかけ人としては以下のように明示されています。
http://shukyosha9jonowa.org/yobikake.html
これは宗教・宗派別ではなく、宗教者個人として参加した形式となっています。
既成仏教のあらゆる宗派、キリスト教はカトリック・プロテスタントともに、新宗教だと日本山妙法寺は当たり前として、金光教、妙智會から参加者がでているのはこれも意外だった。
また、前述同様、ここにあげた宗教団体の信者さんがすべて「憲法改悪」に反対であるわけではない。
わたし個人としては「憲法改悪だから・・・」という切り口で信仰を語ることには賛同しかねる。
>「誰に祈るべきか」はおのおのよくよく考えたらよろしい。
とだけ申し上げる。
国家神道の悪夢
戦前の日本軍国主義の精神的支柱だった国家神道。
戦後、国家神道解体後、神社本庁と名を変え、国家神道の復活を画策しています。
憲法改悪を主張するのは当然でしよう。
彼らの理想は戦前の日本の体制なのですから。
「政教分離」これは民主主義の鉄則です。
今なお世界には、戦前の日本の国家神道のように、我が国は~教を国教とするなどといった祭政一致の国がありますが言語道断です。
国家による国民に対するテロ行為といっても過言ではありません。
これらの国では、民主主義の基本原則である信教の自由が著しく侵害されているのですから。
戦後、国家神道解体後、神社本庁と名を変え、国家神道の復活を画策しています。
憲法改悪を主張するのは当然でしよう。
彼らの理想は戦前の日本の体制なのですから。
「政教分離」これは民主主義の鉄則です。
今なお世界には、戦前の日本の国家神道のように、我が国は~教を国教とするなどといった祭政一致の国がありますが言語道断です。
国家による国民に対するテロ行為といっても過言ではありません。
これらの国では、民主主義の基本原則である信教の自由が著しく侵害されているのですから。
神道関係者に改憲反対はいない?
>なごやんさん
仏教についての解説ありがとうございます。
覚者という最終ステージはどの宗派にも共通なものなのですね。
それにしても神道関係であっても個人的に改憲反対の人がいても不思議では無いと思うのですが、やはり声を上げることは難しいのでしょうね。
仏教についての解説ありがとうございます。
覚者という最終ステージはどの宗派にも共通なものなのですね。
それにしても神道関係であっても個人的に改憲反対の人がいても不思議では無いと思うのですが、やはり声を上げることは難しいのでしょうね。
本日4日熱田神宮へ行ってきました。
取りあえず署名活動は行われていないようです。
北海道神宮は初詣でもやってるのかな?
正面入り口に坊さんが1名、キリスト教の宣伝カー1台でした。
仕事始めでしたので大混雑です。
こんな時署名活動しても相手にされないと思うけどね。
北海道神宮は初詣でもやってるのかな?
正面入り口に坊さんが1名、キリスト教の宣伝カー1台でした。
仕事始めでしたので大混雑です。
こんな時署名活動しても相手にされないと思うけどね。
なごやんさん
「誰に祈るべきか」はおのおのよくよく考えたらよろしい。
とだけ申し上げる。
↑最近、ことさら宗教色が濃いですね。
この「誰に祈る」は前にも書いてたけど、誰に祈るの???
とだけ申し上げる。
↑最近、ことさら宗教色が濃いですね。
この「誰に祈る」は前にも書いてたけど、誰に祈るの???
再読愚考:仏教を中心として
<イーグルとコヨーテさんのコメント>
日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。
↑
「本来」「通説」という意味では、仏教は現世利益とは距離をおくが、実際には浄土教系統を除いて、すべての宗派が関係するとみて間違いない。
いわゆる「お守り」「お札」の類のあり方を見ればよくわかる。
<ケイさんのコメント>
成田さんとか川崎大師初詣の参拝客多いですよ。
↑
成田山新勝寺・川崎大師平間寺ともに真言宗智山派。
(あと高尾山薬王院を加えると三大本山になる。)
「菩提心を因と為し、大悲を根本と為し、方便を究竟と為す」(大日経住心品)から言えば、現世利益は必然なのかもしれない。
<なごやんのコメント>
「仏教」とは「どのようにして仏(覚者)になるか?」という宗教であり、その方法論として「お念仏」「お題目」「禅」「真言」「律」など「八万四千の法門」とも言われる多種多様なあり方がある。
↑
つまり、仏教とは「成仏するためのメソッド」と言える。
戒律、修行、儀式などもすべてこの線が一本通っている。
<なごやんのコメント>
わたし個人としては「憲法改悪だから・・・」という切り口で信仰を語ることには賛同しかねる。
↑
無神論者を公言する猪野先生としては、「憲法改悪」という視点を取るのはやむを得ない。
ただ、有神論的世界観をもつ私としては、それが先に立つのは違うと感じる。
<体制派さんのコメント>
(なごやんに対して)この「誰に祈る」は前にも書いてたけど、誰に祈るの???
↑
「人間を創った神」か、あるいは「人間が作った神」か。
あなたはどちらだろう?
日蓮系宗派を除けば仏教は本来は現世利益を否定するのが通説です。
↑
「本来」「通説」という意味では、仏教は現世利益とは距離をおくが、実際には浄土教系統を除いて、すべての宗派が関係するとみて間違いない。
いわゆる「お守り」「お札」の類のあり方を見ればよくわかる。
<ケイさんのコメント>
成田さんとか川崎大師初詣の参拝客多いですよ。
↑
成田山新勝寺・川崎大師平間寺ともに真言宗智山派。
(あと高尾山薬王院を加えると三大本山になる。)
「菩提心を因と為し、大悲を根本と為し、方便を究竟と為す」(大日経住心品)から言えば、現世利益は必然なのかもしれない。
<なごやんのコメント>
「仏教」とは「どのようにして仏(覚者)になるか?」という宗教であり、その方法論として「お念仏」「お題目」「禅」「真言」「律」など「八万四千の法門」とも言われる多種多様なあり方がある。
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つまり、仏教とは「成仏するためのメソッド」と言える。
戒律、修行、儀式などもすべてこの線が一本通っている。
<なごやんのコメント>
わたし個人としては「憲法改悪だから・・・」という切り口で信仰を語ることには賛同しかねる。
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無神論者を公言する猪野先生としては、「憲法改悪」という視点を取るのはやむを得ない。
ただ、有神論的世界観をもつ私としては、それが先に立つのは違うと感じる。
<体制派さんのコメント>
(なごやんに対して)この「誰に祈る」は前にも書いてたけど、誰に祈るの???
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「人間を創った神」か、あるいは「人間が作った神」か。
あなたはどちらだろう?




