コメント
転ばぬ先の杖
誰もが加害者になる可能性がある以上、備えは必要。
損害を与えた相手方が、高額の生命保険等に入っていてくれるとは限らない。
そこで、個人賠償責任保険に入っておくのが、自衛の策と申せましょう。月額160円ぐらいで、自分と家族を含めて最大3億円ぐらいまで保証してくれる商品もあるようです。財布と相談の上で、適当と思われる保険を選んで入っておくのが賢明です。
命の価値に差はなくても、年収には差がある。逸失利益は命の値段ではなく、年収から判定するしかないんですから、仕方ないでしょう。
損害を与えた相手方が、高額の生命保険等に入っていてくれるとは限らない。
そこで、個人賠償責任保険に入っておくのが、自衛の策と申せましょう。月額160円ぐらいで、自分と家族を含めて最大3億円ぐらいまで保証してくれる商品もあるようです。財布と相談の上で、適当と思われる保険を選んで入っておくのが賢明です。
命の価値に差はなくても、年収には差がある。逸失利益は命の値段ではなく、年収から判定するしかないんですから、仕方ないでしょう。
蠢動含霊
>命の価値に差はなくても、年収には差がある。逸失利益は命の値段ではなく、年収から判定するしかないんですから、仕方ないでしょう。
お子様ランチさんの言う通りです。
命の価値という概念を金銭や社会的価値と混同するから間違える。
命の価値なんてのは形而上のものであって、形而下を扱うべき裁判所では無視するのが当然(うわ、良く分からんが今おいら格好いい事言った!)。
蠢動含霊のウジ虫も煌々と大光明を放ち、諸仏菩薩と一体にして異ならず。ってね。
ウジ虫、ぼく、大谷翔平、三者とも命の価値は1:1:1ですが、社会的価値は1:5:999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999くらいの差があります。
お子様ランチさんの言う通りです。
命の価値という概念を金銭や社会的価値と混同するから間違える。
命の価値なんてのは形而上のものであって、形而下を扱うべき裁判所では無視するのが当然(うわ、良く分からんが今おいら格好いい事言った!)。
蠢動含霊のウジ虫も煌々と大光明を放ち、諸仏菩薩と一体にして異ならず。ってね。
ウジ虫、ぼく、大谷翔平、三者とも命の価値は1:1:1ですが、社会的価値は1:5:999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999くらいの差があります。
No title
まぁ、難しいとこです。
が、
人の命をどう考えるかについては、刑法上では、総理大臣でも重度知的障害者でも同じはずで、そこは決着がついている。命で考えるならば、誰を殺害しても殺人罪は殺人罪です。
今回の事例は、人の命の価値をどう考えるかと言うより、「民事上の損害賠償」についてのどう考えるかですよね。
高所得者と低所得者に対する逸失利益の算定が違うのは、「損害賠償の算定」という質的平等の面から考えても当然の事ではありますが、今回の原告側の請求は「あくまで平均賃金程度」を逸失利益に盛り込んだという事ですよね。
つまり、重度知的障害者は「平均賃金程度」の賠償を求める権利もないのか?、という事だと思います。
結論として、私は求める権利はあると思います。
高年齢を理由として逸失利益を減額されるのはやむを得ないですが、「重度知的障害」だから「平均の人」より逸失利益を減額されるのは、問題があるように思いますね。
が、
人の命をどう考えるかについては、刑法上では、総理大臣でも重度知的障害者でも同じはずで、そこは決着がついている。命で考えるならば、誰を殺害しても殺人罪は殺人罪です。
今回の事例は、人の命の価値をどう考えるかと言うより、「民事上の損害賠償」についてのどう考えるかですよね。
高所得者と低所得者に対する逸失利益の算定が違うのは、「損害賠償の算定」という質的平等の面から考えても当然の事ではありますが、今回の原告側の請求は「あくまで平均賃金程度」を逸失利益に盛り込んだという事ですよね。
つまり、重度知的障害者は「平均賃金程度」の賠償を求める権利もないのか?、という事だと思います。
結論として、私は求める権利はあると思います。
高年齢を理由として逸失利益を減額されるのはやむを得ないですが、「重度知的障害」だから「平均の人」より逸失利益を減額されるのは、問題があるように思いますね。
No title
損害賠償は「命全体の価値」ではなく、
「金銭的な価値」を示すだけです。
その観点においては、重度障害者の金銭的な価値が低いというのは善悪ではなく単なる事実でしょう。労働して賃金を得ることができない、あるいは著しく困難なわけですから。
そして金銭的な価値が低かろうが、別に命全体の価値が否定されるわけではありません。
その上でもし、金銭面以外の命の価値について斟酌して欲しいということであれば、それは損害賠償以外の法制度で実現するべきことでしょう。
通常それは「刑罰」によって示されます。
端的に言えば、犯罪者に下される罰が重ければ重いほど、被害者の「命全体の価値」が重んじられているわけです。(死刑制度が支持されるのもそれが故です)
「金銭的な価値」を示すだけです。
その観点においては、重度障害者の金銭的な価値が低いというのは善悪ではなく単なる事実でしょう。労働して賃金を得ることができない、あるいは著しく困難なわけですから。
そして金銭的な価値が低かろうが、別に命全体の価値が否定されるわけではありません。
その上でもし、金銭面以外の命の価値について斟酌して欲しいということであれば、それは損害賠償以外の法制度で実現するべきことでしょう。
通常それは「刑罰」によって示されます。
端的に言えば、犯罪者に下される罰が重ければ重いほど、被害者の「命全体の価値」が重んじられているわけです。(死刑制度が支持されるのもそれが故です)


