加計学園問題 獣医師は不足している？ 加計学園の獣医学部新設は質の低下と混乱だけをもたらす

　加計学園の獣医学部新設では、安倍総理の口利き（文科省への圧力）疑惑が問題になっていますが、これまで文科省が獣医学部新設を認めて来なかったのは質の確保のためとされています。
　それを岩盤規制と揶揄したのが安倍政権です。不当な規制であれば、適正に認可がなされているかどうかを検証すれば足りたのですが、何故か特区方式を用いての加計学園のご指名だったわけですから、誰もがその疑惑は真っ黒だと思っているわけです。

　さて、これまで獣医学部新設を認めて来なかったことは正当だったのでしょうか。
　現在の全国の獣医学部の定員です。
　国立計　330人
　公立計　40人
　私立系　560人
　全体計　930人

　加計学園が予定している定員は160名ですが、これが実現すると総定員が一気に17％も増加することになります。（但し、私立を中心に定員超過となっている大学があり、平成26年度で1050人の在学する状況とあります。定員超過は質の低下を招くものです。）
　また、定員が多いのは私立ですが、酪農学園大、北里大、日本大、麻布大が各120名、日本獣医生命科学大が80名となっていますが、加計学園は、これを大幅に上まわります。

　全国の配置図（各校の定員）です。（文科省資料より）



　四国にないと言われればそうですが、しかし、獣医学部がない地域は外にも多々あります。

　獣医師の需要が拡大する見通しもないということは共通認識だとは思いますが、そのような中で読売新聞が次のような記事を掲載しました。
「足りない！公務員獣医師…自治体は奪い合い」（読売新聞2017年5月31日）
「公務員獣医師の採用では、獣医学部の学生が民間の動物病院への就職を選ぶ傾向が強まり、少なくなった公務員の志望者を各自治体が奪い合っている状況だ。学生たちが自治体を掛け持ちで受験していることも背景にある。
　読売新聞が全都道府県に２０１６年度の採用状況などをアンケート調査したところ、７割超の３４都道府県が募集定員を確保できていなかった。合格者が辞退していたのは４３都道府県で、このうちの３１都道府県が理由として「他自治体との掛け持ち」を挙げていた。
　公務員獣医師は、各地の保健所や家畜保健衛生所で鳥インフルエンザや口蹄疫こうていえきなどの伝染病の予防や、食肉の衛生管理などの業務を担っている。（長原和磨）
　◆獣医師の採用が募集定員を下回った都道府県
北海道、青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県、福島県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、長野県、山梨県、静岡県、石川県、福井県、岐阜県、滋賀県、三重県、大阪府、和歌山県、鳥取県、岡山県、島根県、香川県、徳島県、高知県、愛媛県、福岡県、佐賀県、長崎県、大分県、熊本県、鹿児島県」

　これを読んで、獣医師は足りない、などと思われなかったでしょうか。

　獣医師については、主に次の３つに分類されます。
　公務員獣医師（上記読売記事で足りたいとされる獣医師）
　産業動物獣医師（家畜などに対応する獣医師）
　小動物獣医師（ペットに対応する獣医師）
　その他、企業に就職する獣医師

　平成20年までのものですが、獣医師数は増え続けています。
「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」より




　平成26年度（公表平成27年9月）で、獣医師総数は39,098人であり、平成20年に比較しても4,070人が増加しています。
　公務員獣医師は平成26年度で9,526人であり、こちらも増加しています。
「獣医師の届出状況（獣医師数）」（農林水産省ホームページ）

　この公務員獣医師の「不足」に対応するためには獣医学部の新設が不可欠なのでしょうか。
　それとも仮に不足しているとしても既存の獣医学部の定員を増やすという方法では対処できないのでしょうか。

　では、不足している公務員獣医師に求められているものはどのようなものでしょうか。
　「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」（2008（平成20）年12月～2011（平成23）年3月）の議論の中から見ていきます。なお、この会議の時点でも既に公務員獣医師不足は課題として認識されれています。

田中美貴・埼玉県川越家畜保健衛生所家畜防疫担当課長（第2回議事概要（2009（平成21）年1月）より抜粋）
「地方公共団体の獣医師が担当する主な業務は、公衆衛生分野、家畜衛生・畜産振興分野、自然保護・環境対策分野の３つの分野に大別される。公衆衛生分野には食品衛生、生活衛生環境分野が含まれる。家畜衛生・畜産振興分野には、家畜防疫、家畜衛生、畜産技術、人獣共通感染症、獣医事、薬事行政が含まれる。自然保護・環境対策分野には、鳥獣保護、動物愛護等が含まれる。（略）
　獣医職の採用であっても公務員であるので、公務員としての基本的な資質を兼ね備えているというのが大前提となる。
　家畜保健衛生所の業務では家畜伝染病予防法に基づく検査、これに関連する指導の実施が大きな柱となる。伝染病の検査としては、法定の牛、馬、鶏等の検査があり、こういった検査の実施のほか、良質で安全な畜産物が確保できるかというような視点に立った指導や各種疾病に対する精密検査などがある。産業動物獣医師が少ない地域においては家畜保健衛生所が人工授精、繁殖管理まで含めて担わざるを得ないようなところもある。（略）
　高病原性鳥インフルエンザやＢＳＥの発生は、畜産業界に甚大な影響を及ぼすだけではなく、国民全体に対して大きな問題を招く疾病であるため、こういった疾病に対する、病態の解明や未然防止対策が大変重要な課題となっている。（略）
　最後に、グローバル化に伴う家畜・畜産物の輸出入の増大及び防疫体制の強化という点に関して、グローバル化に伴いさまざまな疾病が侵入する可能性が高まっているため、各省庁とともに、現場においても防疫体制の強化に目を光らせなければならなくなっている。」

　一読してわかるのは、求められている技術・能力が高度であることです。会議の中の議論では、6年間の教育課程の中でこういった公務員獣医師のための教育は分離してはどうかという意見もありました。
　但し、獣医師養成は最低限の資質を確保するためのものであり、高度な専門技術は獣医師となった以降の課題とされています。

　本会議では、獣医師の社会ニーズを次のように取りまとめています。
「今後の獣医学教育の改善・充実方策について」（2011（平成23）年3月）
「（１）社会ニーズに対応した人材の高度化
○ 今回、獣医学教育の改善・充実を検討するに当たって以下の点を考慮する必要がある。
① 口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザ、狂犬病等の人獣共通感染症や新興・再興感染症への対応、動物や畜産物等の輸出入の拡大に対応した防疫需要の増大など、グローバル化に伴う新たな課題
② ＢＳＥ（牛海綿状脳症）等の新たな疾病の発生や、Ｏ１５７等の食中毒の集団発生などによる、食品の安全性に対する社会の関心の高まり
③ ライフスタイルの変化により飼育動物が家族の一員（伴侶動物）として扱われ、犬猫等の飼育頭数・種類の増加や求められる獣医療の多様化・高度化これらの社会的ニーズに対応するため、我が国の獣医師は、より高度な知識・技能が求められている。
（２）獣医師養成における国際通用性の確保
○ 欧州連合（ＥＵ）においては、食品安全や人獣共通感染症予防などの任務を担う獣医師の教育レベルの共通化を目的として、獣医学部教育の共通基準と評価システムが構築されている。
　また、ＯＩＥ（国際獣疫事務局）をはじめとする国際関係機関は、人・動物・環境の健康は一つに繋がっているとする「One Health」の観点を提唱しており、これに基づいて、世界各国の獣医師の質の向上・確保が喫緊の課題であるとし、改善の方策について提言されている。現在、ＯＩＥに設置されたアドホックグループにおいて、すべての獣医師は動物衛生、動物福祉、獣医公衆衛生に責任を有しているとの考えの下、各国の獣医師が共通に備えるべき能力を示したコンピテンシーリストの検討が進んでいる(平成２２年１１月素案を公表)。今後、このリストを踏まえて、ＯＩＥより各国に対して、獣医学教育のコアカリキュラムモデルが提示されることとなっている。
　これらの動向も踏まえ、国際的な通用性の観点から我が国の獣医学教育の在り方を検討する必要がある。」

　なお、産業動物獣医師のなり手が不足している地域もありますが、酪農などの産業が衰退している中で、しかも特に地方での勤務（開業）は必然的な結果となります。
参考
「獣医学部新設は本当に必要なのか　～「法科大学院の失敗」を繰り返すな」（郷原信郎が斬る）

　本会議当時でも獣医学部の教員不足も指摘されています。（第3回議事概要（2009年2月）、委員発言より）
「○　この数年間、各大学が自助努力で教員数を増やしたが、数値上は教員数は充実しても専門性を持った人材が確保できていない。募集をかけても適任者が集まらないのが現状である。特に臨床分野は開業医から大学の教員になろうと思う者が少ない。専門性を持った人材の育成・確保には、必要なポストを確保した上で、プロパーを充てることを時間をかけてもやっていかざるを得ない。
　例えば、高度医療センター等を設置して外部の臨床獣医師を招集し、大学の教員になれるような人材を育てていく等の取組をしなければ、いつまでたっても日本の動物医療は改革できない。体制づくりをして、少しでも適任者をそこに突っ込んでいくような形をとらなければならない。
○　臨床の教員を小動物臨床獣医師からリクルートできない理由は、研究業績がないからか。それとも大学の待遇が悪いからか。
○　まず、研究業績が足りないということが大きな要因である。開業医でインパクトファクターとなりうるような雑誌に投稿する者はほとんどいない。研究実績のハードルを下げたり、他の観点で評価することが必要である。また、開業医から大学教員になると収入も数分の1に減ってしまうことも事実。国のため、社会のため、獣医学のために一肌脱ごうという開業獣医師がほとんどいなくなってきている。
○　私の大学では、教員としての資格要件の中で、研究業績だけではなく臨床件数を業績として評価するようシフトしている。学位等の課題はあるが、臨床の業績のある教員を確保し、フィードバックをしてもらわなければ、いくら議論しても必要な臨床教育を担保できない。
○　我々も手術例数や外来診療の件数による評価や診療事例のケースレポートも業績の一つにカウントすることを強く求めているが、結局はどの大学も論文数だけで教員を採用しているという状況が今でも続いている。
○　公衆衛生の分野でも、研究機関や行政、民間から大学教員になる者は皆無で、臨床分野と同じように大きなハードルがある。任期付きでも良いので、外部講師や特任教授を活用しなければ必要な人材が確保できない。」

　さらに私立の中には、医学部同様、獣医師国家試験対策に費やされています。（第2回議事概要、委員発言より）
「獣医師国家試験は卒業試験ではなく、あくまでも獣医師に求められる知識・技能・資質を見る資格試験である。獣医師は様々な職域があり、獣医師国家試験で問うもの以上に幅広い分野で活躍しているため、当然大学における獣医学教育ではそれにこたえる内容の教育を行っていただきたい。私の場合は、４年生制大学卒業後に獣医師国家試験を受験したが、２年の途中で学部移行した後は月曜日から土曜日まで全く空き時間がないほどみっちりと授業や実習を含めた獣医学教育を受けたと記憶している。国家試験の対策は１月中旬から１カ月半の間勉強したが、国家試験の勉強を通じて様々な科目の役割や繋がりを頭の中で整理できたことは非常に良かったと思う。今日、私立大学の多くで夏以降は国家試験の勉強をしていると聞き非常に驚いた。大学は国家試験のための予備校ではないので、やはり大学教育をきちんと受けていれば、特別な対策をしなくても国家試験は合格できると思って出題をしている。」

　このような状況が改善されたということもないまま、私立大学でいきなり160名もの定員で獣医学部が新設されるというのは驚きだけです。
　しかも特区の目的では、実験動物を用いた創薬の研究や感染症対策に取り組む獣医師を育成とされています。
　少なくとも、「今後の獣医学教育の改善・充実方策について」で言われているような獣医師を養成するための獣医学部が加計学園とは思えません。
　安倍政権側は、岩盤規制だと言っていますが、今、求められている高度な人材要請に応えうるものになっているのかどうかです。
　160名の定員についても、どう考えても経営を最優先した数字でしかなく（これとて赤字が見込まれると報じられています。）、質の確保に疑義が出てくるのも当然のことです。
　公務員獣医師の不足は、その職責の大きさに見合う処遇改善がなければ担い手が不足するのは当然ですし、また有為な人材も集まりません。

　医師でも同様の問題がありますが、単純に医師不足の問題として報道されることが少なくありませんが、これは地域、診療科目の偏在の問題であるということは既に共通認識になっています。
「もう「医師不足」という表現を止めて「医師の偏在」と言おう。足りないのは、勤務医、産婦人科医などや地方だ」


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