札幌より日々意見を発信しています。法科大学院の廃止、弁護士人口激増の阻止、裁判員制度の廃止へ向け活動中。

< 前の記事へ Blog Top 次の記事へ >
未熟な年齢で産むリスク 決して良い状況にはならない 未成年の子の妊娠や中絶を罪悪視する風潮こそが嬰児殺を招いている
2017年09月03日00:26
 未成年であったり、まだ成人間もないような女性が子どもを産むというのは、今の時代にはやはりイレギュラーなことです。
 先般、嬰児殺についての意見を書きましたが、改めて意見を述べておきます。
嬰児殺は言われているほどに残虐なのか 未成年、成人なりたての母に対する世間は冷たすぎないか

 やはりこれが一番、問題になるのは妊娠した女性が未成年であったり、成人でもまだなりたてのような場合です。
 昔は、十五で嫁に行ったという時代は、女性が子どもを産むためだけの存在としてしかみなされなかった時代であり、そのような時代と比較しても意味はなく、現在では一五はおろか民法改正では女性も結婚可能な年齢を16歳から18歳に引き上げられることが検討されています。
女性の婚姻年齢を16歳から18歳に引き上げが晩婚化と少子化を助長するという時代遅れの発想

 どの子も将来の可能性を秘めており、まだ学ぶ時期でもあります。心身ともに未成熟な段階で妊娠したとしても基本的には産むという選択肢は極めて限定されます。
 仮に妊娠したのが高校生が出産を希望する場合に退学を迫ったり、無理矢理、体育の授業を強要した高校もありましたが、言語道断です。
交際相手との「性的行為」理由に高校を退学させられた…妥当な処分なのか?

 実際に産むということなれば、親としても心身未熟なだけでなく、経済力もありません。働けばいいんだということにもなりません。働いても自活など到底、無理であり生活保護を受給することも不可避ですが、そこまでの知識や行動力がなければ水商売にも足を入れることになり、どう考えても堅気の世界ではないのですから、まともな生活にはなりません。
<キャバクラ暴行死>未婚10代母、遠い自立 娘残し無念」(毎日新聞2017年9月2日)
「〇〇さんは高校1年の時、同級生の子を妊娠して中退。出産後、「自立のために勉強したい」と高卒認定を取り、がんで闘病中の父親(53)と、働く母親(52)に支えられ、長女を保育所に預けて弁当店のパートをしていた。早朝勤務だったため「昼間は子供をみられるのでは」と区役所から指摘された。」
「昨年10月から「やり直したい」と高校時代の同級生と長女との親子3人で暮らし始めた〇〇さん。「動物の看護学校に行きたい」と夢を語った。しかし、日々の生活費を巡るけんかが絶えず、生き抜くために見つけた職がキャバクラだった。」
(この事案はどうみても遺族でなくても私も殺人だと思いますけれど。)

 中絶などできれば避けたい、しかし、実際の年齢や経済力を考えた場合、中絶をしなければ自分自身が潰されてしまいます。
 しかし、世間では中絶はしてはならないものとか、せっかく授かった命を殺すなんてというような罪悪を植え付けるような風潮があるのも事実で、そうした中で中絶に踏み切れないでいる子たちも決して少なくはないでしょう。
 妊娠したこと自体が非難される風潮も根強いものがあります。
 本来的に産むか産まないかは女性の自己決定の1つであり、出産を強要するなどというのは事実上であれ、法的にであれ許されざるものです。

望まれない妊娠もある
胎児赤ちゃん乳飲み子乳児


 こうなると真面目な子ほどどうしていいかわからない状況に陥ります。だから誰にも相談できないまま、中絶可能な時期もすぐに過ぎ去ってしまうという悲劇につながります。
 嬰児殺ということ自体は問題だとしても、そうした置かれた状況に目をやれないというのはあまりに冷たすぎるといえます。

 もちろん、だからこそ30にもなってということになるとどうかとは思います。
「刑務所での5年間は長いが命の大切さを学んで」と裁判長 山形・米沢の乳児殺害で母親に判決 山形地裁」(産経新聞2017年9月2日)
「山形県米沢市で平成21年12月、生まれたばかりの男児を殺害したとして、殺人罪に問われた同市の母親で元会社員、●●被告(34)の裁判員裁判の判決公判が1日、山形地裁で開かれ、兒島光夫裁判長は「男児は鼻口部をふさがれ窒息死し、殺害したのは●●被告であることに疑問を生じない」として、懲役5年(求刑同6年)を言い渡した。」
 被告は無罪を主張しているので有罪認定が正しかったかどうかはさておくとして(報道からは一切、不明)、仮に有罪だとした場合、34歳としての行動ではないとはいえるので、産まれたら処理すればいいでは済みません。
 それと未成年であったり成人なりたてを一緒くたにするのは明らかに誤りです。

 胎児や嬰児に対する優しさがないなどという批判などは、筋違いも甚だしいものです。
 胎児は刑法上の「人」でもなく、要は中絶もダメだという価値観がなければ言えないことですが、そのような価値観の押し付けなど迷惑そのものです。
 宗教において中絶を禁止しているものもありますが、そのような宗教観に支配されていることを他人にまで押し付けないでもらいものです。
中絶は人権侵害?

 嬰児の場合には刑法上の「人」である以上、守られなければならない命ということは当然としても(秩序維持の観点からも勝手に処分してもいいということになりません。)、未成年や成人なりたてのような子に対して、その子が母性愛がないとか、ふしだらだとかいう非難は、私は、冷たいね、としか言いようがありません。
 そういう場に置かれてしまったとき、にっちもさっちもいかない状態の中で、究極の選択をせざるをなかったことに対して、こういった一方的に非難ができるということに私は、人としての優しさを全く感じないわけです。

 ましてや自分は流産を経験した(というのは自分ではなく妻だと思いますが)、命の重みが分かっているのかなどという意見を読んだときは、何を話をすり替えているんだと思いました。
 望んだ妊娠と望まない妊娠の区別もつかないで、そして自分の一方的な価値観で人を罵倒するというのは、キリスト教やイスラム教の原理主義者なのでしょうか。

 こういった冷たい風潮こそが、未成年や成人なりたての女性を追い詰め、嬰児殺に向かわせているんだということを自覚すべきでしょう。


ブログランキングに登録しています。
クリックをお願いいたします。
にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

人気ブログランキング
関連記事

カテゴリ : 社会

コメント : 25 / トラックバック : 0

トラックバックURL http://inotoru.blog.fc2.com/tb.php/2963-e859f16f
< 前の記事へ Blog Top 次の記事へ >
コメントを見る
コメントを書く
トラックバック