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育てられない、産めない事情はある 社会が手をさしのべるが当然だ 女性は子どもを産むロボットではない
2017年09月05日09:44
 この間、嬰児殺や中絶をテーマに意見を述べてきましたが、朝日新聞でもこのテーマでいくつもの記事が上がっています。
社会的養護が必要な子、4万5千人 施設養育が8割超」(朝日新聞2017年9月5日)
赤ちゃん1人に応募50組 ネットで募る「育ての親」」(朝日新聞2017年9月4日)
増える民間縁組、5年で約3倍の件数 営利目的で摘発も」(朝日新聞2017年9月4日)
捨てられる子防ぐには 少なくとも58人 朝日新聞調査」(朝日新聞2017年9月3日)
捨てられる子、4年間で58人 孤立したまま出産」(朝日新聞2017年9月3日)

 一連の記事の中でこの部分が今の現代社会の病理です。
「赤ちゃんの遺棄は最近も相次いでいる。6月には、三重県四日市市の無職の少女(19)が生後間もない女児の遺体を自室のクローゼットに遺棄したとして、死体遺棄容疑で逮捕された。7月には神奈川県平塚市で、高校2年の男女が赤ちゃんの遺体を埋めたとして、死体遺棄容疑で逮捕された。
 児相職員の研修を担う子どもの虹情報研修センター(横浜市)の川崎二三彦センター長は、実母による遺棄が多い背景について「相手の男性が何もしてくれず、親にも妊娠を打ち明けられないなど、家族関係の問題がある。実母が妊娠を隠さなくても済む社会にしていく必要がある」と話す。」

 こうした少女が結局、すべての責めを負わされている状況があり、実際に未成熟な少女が負うにはあまりに重たいものです。
 中には、未成年でありながら性の知識ばかりあって、などと言う人たちがいますが、性知識が一体、何の成熟度が測れるのでしょうか。性知識はあっても心身の成長がおいつかないアンバランスの中に陥ってしまっていることの問題であって、今の青少年の置かれた状況を全く理解していないとしかいいようがありません。ネットで得られた「性知識」など具体的な問題に直面したときなど何の役にも立ちません。

 こういった主張は、その置かれた立場に立って考えることもできない想像力の欠如が甚だしく、厳罰をもって対処すればいいという野蛮な発想が根底にあります。教育は強制だとでも考えているのか、要は自分は同じ立場に立っても間違った判断はしないという根拠のない自信だけに満ちあふれているのです。
 何故、少女がそこまで追い詰められたのか、考えることこそ重要であるにも関わらず、すべて自己責任に矮小化してしまうのです。
 恐らく少年法についても、少年法が少年を甘やかしている、厳罰だ、という発想なのでしょう。厳罰でもって教育などできやしないのに、力でもって何とかなると思っているところが既に教育の放棄であることを全く理解できていないのです。子どもの教育を動物のしつけと同じレベルでしか考えられていないのです。
 体罰肯定論者が同じように発想します。
少年法適用年齢の引き下げに改めて反対する 子どもたちにやさしくない社会を憂う

 少女の場合、家族に知られず、あるいは学校にも知られず、中絶する機会を保障するというのもその後に待ち構えている悲劇を防ぐ手段です。未成年であれば無償(あるいは後払い)でも可能な施策こそが必要なのです。
 中絶に関して言えば、未成年者が産むことを強制されるのは、あまりに大きな重荷となさらざるを得ず、中絶を認めることはむしろ当たり前のことです。
 無理解な学校が高校生であれば退学させてしまうとか、かなり乱暴なやり方をするところがあるし、そのような恐怖感に襲われるのも当然なわけです。まだ自分を防禦できないのです。本来、学校側に当然に理解があり、そのことが伝わっていれば、学校(の中の教師)に相談するでしょうし、そのような相談ができない学校であるこということに問題の根の深さがあります。本来、学校こそ、こうした教育の場ですが、それが機能していないのですから、学校にも知れずに対処しうるようにすることもやむを得ないものです。

 アフターピルの安全性についての検証は必要ですが、これも1つの見解でしょう。



 もともと産むか産まないかを決めるのも女性の自己決定の一つです。産めなどという強要は、自分が産みたければ産めばいい、他人に強制するなという当たり前のことがわかっていないといことです。
 まさに宗教的発想なのか、それとも女は子どもを産むロボットと考えているのかどちらかでしょう。
 もちろん、中絶する中で、妊娠とは何か、母胎に与える影響などじっくりと考えるべきでしょう。母胎を傷つけるだけでなく、避妊に協力しない男との性行為の持つ意味なども考えるべきことで、そういった男との関係を拒否できるだけの強さも身につけていなかなければなりません。拒否ということは、そういった自己中心的な男とは交際しないという意味です。妊娠を望んでいないのに避妊に協力しないような男との関係で楽しい未来など存在しません。必ず破綻しますから、早く縁を切るべきなのですが、そういった判断ができるように成長していくことこそが必要だし、そういった成長を促すための助言などが求められているわけです。

実際の話かどうかはわかりませんが、非常に臨場感がありますし、実態にも合っているでしょう。









 中絶の機会を逃してしまった場合でも、産まれた子を引き取ってもらえるという制度があることも広報として必要です。知らないが故の嬰児殺など、殺す側も殺される側にとっても不幸でしかないのですから、広報こそが不可欠です。しかもそのためには秘密が厳守されることも不可欠であり、親や学校に知られないことも制度的に保障する必要があります。

胎児赤ちゃん乳飲み子乳児

 なお一言、言っておくと、これを生命軽視だとかモラルが失われるなどという批判がありますが、批判にはなっていません。というよりあまりに宗教的なのか、産めよ増やせよという国策的な発想なのか、いずれにしても単なる価値観、政策の押し付けに過ぎず、現実には、双方にとって不幸な妊娠、出産があるということを無視して「産め」という方がどうかしています。
 既に中絶に関しては、母体保護法により合法化されています。一定の要件が科されているものの、事実上、その理由の有無についての審査はありませんし、中絶は合法として位置付けられますし、それが私たちの認識です。
 妊娠した女性が自らの判断でその合法な中絶を実施することを非難すること自体がナンセンスというよりも言い掛かりであり、そうしたことが妊娠した少女を追い詰めているということです。
 モラルの問題も同じであり、女性だけに負担しろと言っているようなもので、そのような発想があまりに歪だものだということに気づいてもらいたいものです。


未熟な年齢で産むリスク 決して良い状況にはならない 未成年の子の妊娠や中絶を罪悪視する風潮こそが嬰児殺を招いている


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カテゴリ : 社会

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