コメント
猪野先生のご主張には納得性がある
本件については朝日新聞でも報じられている。
>裁判官は政治的な発言は御法度とされています。そもそも一切の政治的発言の自由がないというのが行き過ぎなのです。
↑
実をいうとわたしはこのことを知らなかった。
裁判官が法服を着ている間は政治的発言が制限されるとしても、私服に着替えたら自由だとばかり勘違いしていた。
今年は天皇の代替わりがあり、キリスト教では教団単位、パラチャーチでも、天皇制に関する講演・勉強会が盛んに行われている。
そこでのオピニンリーダーは学者・弁護士といった有識者であり、政教分離原則、民主主義といった視点から天皇制に対する批判も当然なされる。
その場にクリスチャンの裁判官がいるのかどうかはわからないが、いてもよいと思うし、自らの見解を披露するのも全く問題がないのではと思う。
「裁判官の品位」と言われると私としてはよくわからないが、
>裁判官も含め公務員に中立、公正さだけを求める
ことについては、細部は議論があるにしても、本人の思想信条の自由というものが先になるのではないかと考える。
<参考コメント>
再読愚考:「信教の自由を守る日」<2019/03/18(06:48)>
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-3273.html
>裁判官は政治的な発言は御法度とされています。そもそも一切の政治的発言の自由がないというのが行き過ぎなのです。
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実をいうとわたしはこのことを知らなかった。
裁判官が法服を着ている間は政治的発言が制限されるとしても、私服に着替えたら自由だとばかり勘違いしていた。
今年は天皇の代替わりがあり、キリスト教では教団単位、パラチャーチでも、天皇制に関する講演・勉強会が盛んに行われている。
そこでのオピニンリーダーは学者・弁護士といった有識者であり、政教分離原則、民主主義といった視点から天皇制に対する批判も当然なされる。
その場にクリスチャンの裁判官がいるのかどうかはわからないが、いてもよいと思うし、自らの見解を披露するのも全く問題がないのではと思う。
「裁判官の品位」と言われると私としてはよくわからないが、
>裁判官も含め公務員に中立、公正さだけを求める
ことについては、細部は議論があるにしても、本人の思想信条の自由というものが先になるのではないかと考える。
<参考コメント>
再読愚考:「信教の自由を守る日」<2019/03/18(06:48)>
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-3273.html
一裁判官が批判されただけで崩れる司法権の独立。脆すぎないか?
No title
それでなくても日本の裁判所の判決は行政寄りとして有名です。
安倍1強状態になってからはこれに拍車がかかりその忖度ぶりが目に余ります。
極右反動の産経・維新による裁判官への不当な攻撃はこれに一層拍車をかけることになります。
安倍1強状態になってからはこれに拍車がかかりその忖度ぶりが目に余ります。
極右反動の産経・維新による裁判官への不当な攻撃はこれに一層拍車をかけることになります。



