コメント
TC9
>離婚後の共同親権がないから子との面会交流が実現できないという事実はない
↑
その通りだと思う。
ところが、共同親権推進派の文書だと「共同親権があれば面会交流ができたのに」といった問題提起が多い。
素人がそう考えるのはやむをえないが、なぜ法律のプロとか、専門家でもそれを是認するのか?
その底にある動機がいまひとつよくわからない。
なんらかの特殊なイデオロギーがそうさせるのだろうか?
↑
その通りだと思う。
ところが、共同親権推進派の文書だと「共同親権があれば面会交流ができたのに」といった問題提起が多い。
素人がそう考えるのはやむをえないが、なぜ法律のプロとか、専門家でもそれを是認するのか?
その底にある動機がいまひとつよくわからない。
なんらかの特殊なイデオロギーがそうさせるのだろうか?
No title
〈Q 離婚後も子にとっては親に違いはないのですから、離婚後も共同して子に責任を持つ離婚後の共同親権は理想ではありませんか。
A 現実に離婚した夫婦は相応の問題を抱えているからこそ離婚に至っています。離婚後も子のために冷静に協議が行える夫婦であれば何も共同親権である必要性がないばかりか、問題を抱えている元夫婦に「共同親権」を押し付けても何の解決にもなりません。それ以上に弊害しかもたらさないものであり、こうした子に責任を持つなどという「理念」だけで現実の制度に大きな改変を加えるべきものではありません。〉
確かに離婚する夫婦が問題を抱えているというのは事実だと思うのですが、対子供という事を考えると特に問題を抱えていない場合も多いと思うので、そうした場合に親権が片親だけにあるというのはやはり不自然だとする考えは否定し難いものがあるのではないかと思えます。
共同親権ですべて理想どおりに行かないにしても弊害は単独親権の場合にも存在することは事実ではないでしょうか。
A 現実に離婚した夫婦は相応の問題を抱えているからこそ離婚に至っています。離婚後も子のために冷静に協議が行える夫婦であれば何も共同親権である必要性がないばかりか、問題を抱えている元夫婦に「共同親権」を押し付けても何の解決にもなりません。それ以上に弊害しかもたらさないものであり、こうした子に責任を持つなどという「理念」だけで現実の制度に大きな改変を加えるべきものではありません。〉
確かに離婚する夫婦が問題を抱えているというのは事実だと思うのですが、対子供という事を考えると特に問題を抱えていない場合も多いと思うので、そうした場合に親権が片親だけにあるというのはやはり不自然だとする考えは否定し難いものがあるのではないかと思えます。
共同親権ですべて理想どおりに行かないにしても弊害は単独親権の場合にも存在することは事実ではないでしょうか。
No title
離婚する以上、別居になりますし、片親になります。
単独親権の弊害は具体的にどのようなものですか。
単独親権の弊害は具体的にどのようなものですか。
理想とかそういう話だけでなく素の感情は金を出させるなら口も出させろと言う話ではないですか
極端な話妻が夫の悪口を子供に聞かせ続けることもあるのであってそういう妻に対する実効的な対抗手段も必要でしょう
共同親権の話のうちの何割かは夫に金を出しやすくする理由つけだと思ってます
まぁこれもある種の理想論で共同親権にしたから素直に出すかはわかりませんが
とはいえ現実に強制執行をかけることは容易ではない(少なくとも費用的、あるいは精神的コストは相当かかる)ので夫の金を出すハードルを下げる施策はあり得る話でしょう
法廷侮辱罪みたいな今までの我が国の法体系にないような執行確保手段を持ち込むのも現実的ではないですし
極端な話妻が夫の悪口を子供に聞かせ続けることもあるのであってそういう妻に対する実効的な対抗手段も必要でしょう
共同親権の話のうちの何割かは夫に金を出しやすくする理由つけだと思ってます
まぁこれもある種の理想論で共同親権にしたから素直に出すかはわかりませんが
とはいえ現実に強制執行をかけることは容易ではない(少なくとも費用的、あるいは精神的コストは相当かかる)ので夫の金を出すハードルを下げる施策はあり得る話でしょう
法廷侮辱罪みたいな今までの我が国の法体系にないような執行確保手段を持ち込むのも現実的ではないですし
No title
>確かに離婚する夫婦が問題を抱えているというのは事実だと思うのですが、対子供という事を考えると特に問題を抱えていない場合も多いと思う
対子供だからこそ問題が大きくなると思います。
親子関係関係なく、普通の人間関係ですら(上司/部下、友人(間で仲違いがあれば猶更))われわれ心を砕いているというのに、それが「自分の血を分けたかどうか」というこの差で余計ドロドロになることもありますというか相続においてすら(親の愛情の証明を求めて)争うのに、自分の子供なら余計、子供がどちらに慕うかに心を乱されない親はいないと思います(それが愛情か執着かなんて似たようなものですしね)。
それに、そのまた親の立場なら猶更、自分の子供を苦しめた相手に自分の孫を取られるなんて!とか、このクソ孫はあいつの血を引いているし顔もそっくりだ憎たらしいとかいうことも実際ありますよ(経験済み)。
どっちにしろ、離婚なんてものに円満なんてほうが珍しいし、子供は本来は社会で育てるものであるところ、現代は親が育てるという観念が強すぎるんでないかいと思ってます。
終了
対子供だからこそ問題が大きくなると思います。
親子関係関係なく、普通の人間関係ですら(上司/部下、友人(間で仲違いがあれば猶更))われわれ心を砕いているというのに、それが「自分の血を分けたかどうか」というこの差で余計ドロドロになることもありますというか相続においてすら(親の愛情の証明を求めて)争うのに、自分の子供なら余計、子供がどちらに慕うかに心を乱されない親はいないと思います(それが愛情か執着かなんて似たようなものですしね)。
それに、そのまた親の立場なら猶更、自分の子供を苦しめた相手に自分の孫を取られるなんて!とか、このクソ孫はあいつの血を引いているし顔もそっくりだ憎たらしいとかいうことも実際ありますよ(経験済み)。
どっちにしろ、離婚なんてものに円満なんてほうが珍しいし、子供は本来は社会で育てるものであるところ、現代は親が育てるという観念が強すぎるんでないかいと思ってます。
終了
No title
別れた夫婦のどちらかが親権を失うのか、親権を押し付けられると感じるのか、やはり親権喪失感を覚える親の方が多いと思うのですが、そうではないのでしょうか。
具体的という事ですが子供も成長してものごころがついて思春期になるにつれて自分の境遇について考える事が増えると思いますが、片親の下で成長したとしても両親と共にあり自分の権利、利益と生活に関係し、擁護してくれるという充足感が離婚後共同親権導入の最大理由だという事ですが、これを積極的に否定できる理由が示されない限り単独親権維持の意見は現状肯定の意思、意見にしかならないと思います。
理想を求めすぎるから離婚後共同親権が悪いとはならないと思います。
具体的という事ですが子供も成長してものごころがついて思春期になるにつれて自分の境遇について考える事が増えると思いますが、片親の下で成長したとしても両親と共にあり自分の権利、利益と生活に関係し、擁護してくれるという充足感が離婚後共同親権導入の最大理由だという事ですが、これを積極的に否定できる理由が示されない限り単独親権維持の意見は現状肯定の意思、意見にしかならないと思います。
理想を求めすぎるから離婚後共同親権が悪いとはならないと思います。
No title
それは結局、監護権の帰属の問題として争われるだけです。
それから、どちらかの親、みたいなことが離婚後の共同親権親権を導入すれば解決しますか。
「親権」なるものを非監護親に上から押し付けて解決になるなどというのは妄想でしかありません。
また、離婚後の共同親権の導入の最大の理由とするところも間違っています。
そんな事実がどこにあるのですか。
離婚後の共同親権の導入に伴う弊害について、具体的に反論してください。
それから、どちらかの親、みたいなことが離婚後の共同親権親権を導入すれば解決しますか。
「親権」なるものを非監護親に上から押し付けて解決になるなどというのは妄想でしかありません。
また、離婚後の共同親権の導入の最大の理由とするところも間違っています。
そんな事実がどこにあるのですか。
離婚後の共同親権の導入に伴う弊害について、具体的に反論してください。
No title
ごんべえさんが理解された私の意見というのは、いささか私の主旨と違う様に思えますが、親同士は他人が出会って結婚するので、離婚すれば他人に戻るのですから意思の相違が問題になっても当然でも、親子の間は良好である場合は多いのだから、離婚後共同親権が否定されるべきでないと思うのです。
だから相続とか、普通の人間関係とかは、あまり関係しないのではないかと。
親と子の関係性まで普通の人間関係視するのは無理ですし、ドロドロにならず、やはり子はかすがいの働きを為す場合の方がが多いのではないかと思います。
〈それに、そのまた親の立場なら猶更、自分の子供を苦しめた相手に自分の孫を取られるなんて!とか、このクソ孫はあいつの血を引いているし顔もそっくりだ憎たらしいとかいうことも実際ありますよ(経験済み)。〉
そういう場合は単独親権の下で嫁のいびり出しが行なわれていたという意見の方を思います。
だから相続とか、普通の人間関係とかは、あまり関係しないのではないかと。
親と子の関係性まで普通の人間関係視するのは無理ですし、ドロドロにならず、やはり子はかすがいの働きを為す場合の方がが多いのではないかと思います。
〈それに、そのまた親の立場なら猶更、自分の子供を苦しめた相手に自分の孫を取られるなんて!とか、このクソ孫はあいつの血を引いているし顔もそっくりだ憎たらしいとかいうことも実際ありますよ(経験済み)。〉
そういう場合は単独親権の下で嫁のいびり出しが行なわれていたという意見の方を思います。
No title
>離婚後共同親権が否定されるべきでないと思うのです。
現状で、親権がなくても面会交流は認められる実務の運用は確立しています。
何が不満なのですか。
それから、「嫁のいびり出しが行なわれていた」って一体、いつの時代のどの地方の話ですか。
未だにそういった事例が多数、あるのですか。しかし、それを離婚後の共同親権論で片付けるべきではありませんね。
その離婚や親権者指定の是非を争うべきです。
現状で、親権がなくても面会交流は認められる実務の運用は確立しています。
何が不満なのですか。
それから、「嫁のいびり出しが行なわれていた」って一体、いつの時代のどの地方の話ですか。
未だにそういった事例が多数、あるのですか。しかし、それを離婚後の共同親権論で片付けるべきではありませんね。
その離婚や親権者指定の是非を争うべきです。
No title
んー
>「嫁のいびり出しが行なわれていた」
僕のケースは、実親が娘に対して「(離婚するなんて)この家の恥さらしが!」みたいな感じ。
姑のほうはぼくんちは今でいうところのDVがあったんで、「嫁が我慢して殴られてくれたら息子は大人しくしてくれるわ。今まで私が我慢した分頑張って(殴られてちょうだい)ね」って感じ。
>一体、いつの時代のどの地方の話ですか。
さすがに身バレはいやだから言わないけど都会はともかく地方にはそこそこあった話なんじゃない?だから僕は田舎から出てきたんだし。田舎が住みやすければそこに住むよ。
>未だにそういった事例が多数、あるのですか。
多数はともかく、DVって基本的に「家庭内の暴力行為」だし、なんかDVっていうと狭く考えがちだけど、僕はそもそもDV加害者はもともともDV家庭に育つのを地で見ているわけだから、それこそ「男尊女卑の考え方」「根性論」などなど昔でいうところの常識はDVに通じやすいと思っているので(まーこれ言っちゃったら定義が広くなって収拾がつかなくなるのでこのへんで)。
けど今の時代でさえ、男尊女卑的な話ってよくあるでしょ。わかりやすく言えば法律事務所だって事務員には態度が大きいけど弁護士が出てきたら途端に大人しくなる客なんてそこそこ高齢者じゃない?
ごめんめっさ話が広くなったから僕はこのへんで消えておくわ。
>「嫁のいびり出しが行なわれていた」
僕のケースは、実親が娘に対して「(離婚するなんて)この家の恥さらしが!」みたいな感じ。
姑のほうはぼくんちは今でいうところのDVがあったんで、「嫁が我慢して殴られてくれたら息子は大人しくしてくれるわ。今まで私が我慢した分頑張って(殴られてちょうだい)ね」って感じ。
>一体、いつの時代のどの地方の話ですか。
さすがに身バレはいやだから言わないけど都会はともかく地方にはそこそこあった話なんじゃない?だから僕は田舎から出てきたんだし。田舎が住みやすければそこに住むよ。
>未だにそういった事例が多数、あるのですか。
多数はともかく、DVって基本的に「家庭内の暴力行為」だし、なんかDVっていうと狭く考えがちだけど、僕はそもそもDV加害者はもともともDV家庭に育つのを地で見ているわけだから、それこそ「男尊女卑の考え方」「根性論」などなど昔でいうところの常識はDVに通じやすいと思っているので(まーこれ言っちゃったら定義が広くなって収拾がつかなくなるのでこのへんで)。
けど今の時代でさえ、男尊女卑的な話ってよくあるでしょ。わかりやすく言えば法律事務所だって事務員には態度が大きいけど弁護士が出てきたら途端に大人しくなる客なんてそこそこ高齢者じゃない?
ごめんめっさ話が広くなったから僕はこのへんで消えておくわ。
結婚におけるリスク管理
>DVは論外としても、特に一方の配偶者の行為に我慢を重ねてきたような場合はなおさらで、我慢を強いたという自覚のない他方配偶者の感覚とは大きなずれが生じることになります。その典型がモラハラです。
モラハラの自覚がない人はかなりの数になるかもしれない。それは「おまえのためを思ってやっているのだ」という一方的な「愛情」という思い込みが、モラハラの自覚がないという結果につながっているためだろう。配偶者に対してすらその態度であれば、相手が子どもだと「親のしつけ」と勘違いした強い思い込みが激しくなる。自分が正しいと思い込み、相手を尊重する感情が無い人は、養育する資格に欠けている。その心理構造は虐待親と同じ。
なお、そこまで酷くなくても「不適切な養育(マルトリートメント)」は子どもの脳への悪影響があると小児精神科医 友田明美氏は語る。
引用開始----
子どもと接するなかで、マルトリートメントがない家庭など存在しない。ふたりの娘をもつわたし自身も、数々の失敗を経験してきた。親になった瞬間から完璧な親子関係を築ける人などいるはずがなく、トライ&エラーを繰り返しながら、徐々に子どもの信頼を得ることができるようになるものだ。
しかし、子育てに懸命になるがあまり、知らず知らずのうちに子どものこころを傷つける行為をしている場合がある。マルトリートメントは強度と頻度を増したとき、子どもの脳は確実に損傷していく。この事実をわれわれ大人は見逃してはいけない(注)。
引用終わり----
ごんべえさんがどこかで書いていたように、親は「親」になっていくものだ。その自覚がないと、「強度と頻度」の増大によって、やがてハラスメントになり得る。そこに気づく大人がどれほどいるだろうか。
加害者にはモラハラを自覚させる必要があるが、夫婦間の話し合いでは不可能だろう。そこに公的機関が介入できるシステムがあると加害者に対する教育・矯正プログラムが期待できるのだが。
家庭内でモラハラが溢れていても外面が良ければ、また社会的地位の高い人なら、周囲の人はモラハラの実態を信じてもらいにくいだろう。家裁に出向く際、モラハラを立証するための音声データやその他の記録等を残しておくのが自衛策になる。それは結婚する当初から考えておくべきリスク管理だろう。
【注】
トラウマを抱えた子どもの守り方
https://president.jp/articles/-/23474
〔参考〕
2019/03/13(22:36) 〈支配-従属〉一歩前?
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-3925.html#comment40146
モラハラの自覚がない人はかなりの数になるかもしれない。それは「おまえのためを思ってやっているのだ」という一方的な「愛情」という思い込みが、モラハラの自覚がないという結果につながっているためだろう。配偶者に対してすらその態度であれば、相手が子どもだと「親のしつけ」と勘違いした強い思い込みが激しくなる。自分が正しいと思い込み、相手を尊重する感情が無い人は、養育する資格に欠けている。その心理構造は虐待親と同じ。
なお、そこまで酷くなくても「不適切な養育(マルトリートメント)」は子どもの脳への悪影響があると小児精神科医 友田明美氏は語る。
引用開始----
子どもと接するなかで、マルトリートメントがない家庭など存在しない。ふたりの娘をもつわたし自身も、数々の失敗を経験してきた。親になった瞬間から完璧な親子関係を築ける人などいるはずがなく、トライ&エラーを繰り返しながら、徐々に子どもの信頼を得ることができるようになるものだ。
しかし、子育てに懸命になるがあまり、知らず知らずのうちに子どものこころを傷つける行為をしている場合がある。マルトリートメントは強度と頻度を増したとき、子どもの脳は確実に損傷していく。この事実をわれわれ大人は見逃してはいけない(注)。
引用終わり----
ごんべえさんがどこかで書いていたように、親は「親」になっていくものだ。その自覚がないと、「強度と頻度」の増大によって、やがてハラスメントになり得る。そこに気づく大人がどれほどいるだろうか。
加害者にはモラハラを自覚させる必要があるが、夫婦間の話し合いでは不可能だろう。そこに公的機関が介入できるシステムがあると加害者に対する教育・矯正プログラムが期待できるのだが。
家庭内でモラハラが溢れていても外面が良ければ、また社会的地位の高い人なら、周囲の人はモラハラの実態を信じてもらいにくいだろう。家裁に出向く際、モラハラを立証するための音声データやその他の記録等を残しておくのが自衛策になる。それは結婚する当初から考えておくべきリスク管理だろう。
【注】
トラウマを抱えた子どもの守り方
https://president.jp/articles/-/23474
〔参考〕
2019/03/13(22:36) 〈支配-従属〉一歩前?
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-3925.html#comment40146



