司法試験の受験回数制限に合理性はあるのか

　法曹の養成に関するフォーラムの第7回議事録が公開されました。
　こちら

　第7回は、法科大学院のおかれた状況、司法試験合格率や、弁護士の状況などの報告が主なものであり、議論らしい議論はありません。
　その中で、特に目立った発言を紹介し、その問題点について検討してみます。問題点自体は、決して目新しいものではありませんが、この時期に検討するのも新鮮味があります。

　受験回数の制限の是非がやりとりされています。
　司法試験の場合、法科大学院を卒業後、5年以内3回の受験回数の制限があり、その制限に達しても合格しなければ、受験資格を喪失します。
　どうしても司法試験を受験したい場合には、再度、法科大学院に入学して卒業するか、予備試験に合格するかしなければなりません。
　この受験回数制限に対し、山口義行委員（立教大学経済学部教授）が、他にそのような制度はないと疑問を呈しています。

　法科大学院制度及び受験回数制限を正当化しようとする発言は以下のとおりです。
松並官房付（事務局）からの説明
　従来の司法試験については受験競争の激化、合格率の低下により受験生の受験技術優先の傾向が顕著
　法曹の質を確保する上で重大な問題が生じている、あるいは長期間受験しても、結局、合格できない多数の司法試験浪人による社会的損失が看過しがたいといった弊害が指摘されていた
　これらの弊害を防止するために、新司法試験では合理的な範囲内で受験回数の制限を設ける必要があると考えられた
　受験生の受験技術優先の傾向が顕著であるという問題点については、法科大学院を中核とするプロセスとしての法制養成制度を新たに整備する以上、法科大学院における教育効果が薄れないうちに司法試験を受験させる必要がある、こういう観点から合理的な範囲内で受験回数制限を設ける必要がある

井上正仁委員（東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授）
　以前は一発勝負の司法試験だけで法曹資格者を選抜する制度である上、その試験の受験回数に制限は全くなく、長年にわたり何度も受験するという人が少なくなく、多くの滞留者が出て、競争倍率が３％という他に比類のないような異様な受験競争状態になった。
　その反省に立ち、司法試験の前に法科大学院における教育の課程を経させることとし、司法試験はその教育を踏まえた法曹養成のシステムにするとともに、その教育の効果がどれぐらいもつのかという観点から、多くの人が一致して、３年ないし３度の受験ぐらいであろうということで、受験回数制限を設けた。
　受験回数制限は新たな法曹養成制度の趣旨から導かれるものであり、３度というところに重点があった。
　ただ、３年で３度とすると、いろいろな事情で受験できない人もいるかもしれないということで幅を５年とした。
　例えば10％の合格率の試験を５回受けても受かる確率が５０％になるわけではない。５回全体として10％でしかなく、個々的に見れば何人かはそれでチャンスが増えるかもしれないが、むしろ多くの人にとってはチャンスが減ることになるので、受験者全体の利益になるわけではない。
　受かるためにはということで多くの人が受験技術中心の勉強をし、過熱状態であった。質的に豊かな法曹の養成という視点からするという健全とはいえない状態にあった

　以上が受験回数を制限する根拠のようです。もちろん、これですべてが語り尽くされているというわけではないでしょうが、主な根拠として語られてきているものです。

　この中で、一番、分かりづらいのは、法科大学院の教育の効果が残っているうちに受験すべきだという点です。
　5年間は、その効果が残っているのであれば、5年5回でもいいではないか、3回にすべき合理性があるのかという点はさておき、この効果というものを説明しているものを私は、今まで見たことがありません。それらしき説明を聞いたことがあるのですが、なるほどと思えるに至らないものばかりです。
　法科大学院では、
　基礎科目　→　実務教育　→　クリニック、エクスターンシップの実践
というようなカリキュラムになっています。
（ただし、クリニック、エクスターンシップは必修ではありません。）
　そして、司法試験合格後は、司法研修所において司法修習を経ることが必要ですが、司法修習では、実務修習という形で、刑事裁判、民事裁判、検察、弁護の実務を実際の事件の中で学ぶことが予定されています。
　司法試験に合格した場合、そのまま司法修習を受ける必要はなく、翌年であったり、場合によっては退職後という選択肢もあります。
　これは旧試験の時代も同様です。
　そうなると、現実問題としては、何年も経った後では、法科大学院で学んだことなど、頭の中から消えてしまっていることでしょう。
　細かな知識はともかくとして、修習に入るまでに何年を経ていててもよいというのは、一定の法的なリーガルマインドが養われており、それが司法試験によって確認されているからということが前提ですが、旧試験の時代でも、法科大学院を前提とした司法試験でも、その点は変わっていないということです。
　では、法科大学院修了後、司法試験受験までの5年間に失われてしまう教育の「効果」とは一体何なのか。
　例えば、必修ではないクリニック、エクスターンシップとの連続性、あるいは、必修となっている実務科目が廃止された前期修習の代わりということであれば、その一体性が必要であり、あまりに時間が経っているのはダメという理屈、ということでしょうか。
　しかし、その一体性が不可欠というのであれば、むしろ、1年1回、せいぜい2年2回の回数制限が合理的ということになりはしないでしょうか。
　とはいえ、クリニック、エクスターンシップ自体が必修ではなく、実務科目自体が前期修習に代わるものにはなっていないことからすれば、一体性といってみても、全く根拠にはほど遠いといえます。

　それ以外に「効果」というものが全く思いつきませんし、具体的に説明されたことなどないと思われます。

　受験競争の激化という前提にも触れられていますが、その中で、大量の司法浪人が発生したということを問題にしていますが、それは、むしろ法科大学院のほうが大量不合格者を排出しているわけですから、明らかに問題でしょう。
　それはともかく、司法試験を受験したい、そのために生業につかないなどというのは、社会にとって好ましくないという評価はありえたとしても、それをダメだとして制度として切り捨てるのは、どう考えても不合理です。
　もとより、年齢が高ければ、公務員としての裁判官、検察官に登用しないというのはあり得るでしょうが、弁護士は民間ですから、その資格取得すらもダメということの合理性はありません。

　受験回数を制限することの目的は、もちろん、ただ1つです。
　合格率を一定の水準で維持するためであり、そうしないと法科大学院制度が成り立たなくなるから、というのがその目的です。

　もっとも、考えようによっては質の低下の防止ということも考えられます。
　例えば、法科大学院制度の目的が司法試験の大量合格に伴う質の低下の防止という点にあるのであれば、極論すれば、大量合格者増に伴うまぐれ合格を防ぐことがその目的ですから、まぐれ合格を極力防止したいとすれば、回数制限が必要ということになりましょうか。

　いずれにせよ、大前提としている法曹人口、とりわけ弁護士人口を激増させるということ自体が誤りであり、旧司法試験も合格者数が500名時代ならまだしも、その後、増員がなされており、一定の水準さえあれば合格しうる試験になっていたのですから、滞留問題や合格率の問題などはたいした問題ではありません。
　ここでの受験回数制限の議論は、かつての旧司法試験があたかも問題であったかのように組み立ててることで、法科大学院制度を死守することだけに眼目が置かれているだけの議論なのです。



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